番号六、ベリオスは、見た目だけならもっとも無害に見える存在だった。痩せた肩に薄い灰の外套をかけ、手袋まできちんとはめ、背筋もまっすぐに保っている。図書館のどの椅子に座らせても、彼だけは最初からそこにいたように馴染む。声も低く、話し方も丁寧で、いかにも静かな書庫の住人という顔をしていた。けれど、だからこそ油断すると足元をさらわれる。 ベリオスの習性は、夜のうちに配列を変えることだった。並んだ背表紙の順を少しずつ入れ替え、机の上の栞を一枚だけ移し、灯りの届く角度をわずかにずらす。いたずらに見えるが、乱しているわけではない。彼にとっては、同じ景色が続くことのほうが落ち着かないのだ。昨日とまったく同じ場所にある本は、むしろ息苦しい。だから彼は、誰にも気づかれぬ程度に世界の縁を動かして、眠ったままの空気に小さな新陳代謝を与える。 オーベロンが気まぐれの風なら、ベリオスは眠りの中で身じろぎする家だ。コルロが閉じる者で、ラドガーが整える者なら、彼は動かしてしまう者である。しかも、それを善意でやるから厄介だった。本人は親切のつもりで、今日の椅子を少しだけ温かな窓辺へ寄せる。だが翌朝、そこに腰かけた者は、なぜか昨日よりも遠くのことを考えてしまう。 さらに奇妙なのは、彼が完全な静寂を好まないことだった。ページがめくられる音、遠くの鐘、誰かの迷いのため息。そうした細い気配があるほど、ベリオスは機嫌よく動く。沈黙の番人に見えて、実は沈黙だけでは満たされない。静かな顔の裏で、彼は常に小さな変化を探している。だからこそアズエルの告げるずれとも、セラフィンの整える流れとも、似ていながら少し違っていた。前者は兆しを見抜き、後者は流れを支え、ベリオスは流れそのものに触れてしまう。 彼は自分の仕事を誇らない。ただ、うまく動いた夜には、満足げに背を伸ばすだけだ。けれどその満足は、他者の安堵よりも少し不穏な匂いを含んでいる。静かで整った顔のまま、世界をひとつだけずらしてしまう存在。その振れ幅が、これまでの紹介にない陰影を落とした。図書館はなお静かだったが、静けさの質だけが変わっていた。
図書館で語る三十の伝承者
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