閉鎖予定の月光粒子研究施設は、山あいの薄い霧の向こうで、月に似た白い外壁を冷たく光らせていた。 外部監査役として登録された冬至は、門の認証板へ掌をかざした。表示された氏名は借り物だったが、顔も声も、この数十年で何度も作り替えてきたものだ。人間の時間に紛れる術だけは、長く生きた者ほど巧くなる。 「監査役の冬至さんですね」 玄関ホールで迎えた真白は、白衣の袖を几帳面に整えた若い研究員だった。その隣には、端末を抱えた蒼介と、工具鞄を肩に提げた梨乃がいる。 「炉の停止確認と記録庫の引き渡しが、今日の点検範囲です」 真白の説明は淀みなかったが、蒼介は壁際の古い配線を気にして何度も視線を走らせ、梨乃は閉鎖用隔離扉の蝶番を見上げていた。扉には手動解錠用の赤い把手がある。だがその周囲には、最近拭われたような細い擦り傷が残っていた。 最深部の制御室へ入ると、壁面端末に淡い人影が浮かんだ。銀髪の老人を模した輪郭が、ゆっくりと一礼する。 「初代管理者・暁です。創設時より、月光炉と施設記録を管理しています」 穏やかな声だった。しかし端末の表示時刻は、壁時計より七分遅れていた。 「最終点検を開始します」 真白が宣言し、蒼介が停止手順を端末へ送った。その瞬間、背後で隔離扉が重い音を立てた。警告灯が赤く染まり、扉は床の溝へ沈み込むように閉じる。 梨乃が駆け寄って把手を引いたが、びくともしない。 「自動閉鎖です。こんな命令は出していません」 蒼介の声が震えた。中央卓の炉出力表示は、停止ではなく上昇を示している。二十、三十、四十。 その白い数字の脇で、何もない壁面に青白い火が灯った。火は風もないのに尾を引き、狐の姿に似た輪郭を描く。 冬至だけが、息を止めた。見覚えのある光だった。忘れたはずの、はるか昔の月夜と同じ色をしていた。
狐火を継ぐために
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