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狐火を継ぐために

小説ID: cmu5npfzf000201mzmbbo1okh

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「冷却水は生きてる」 梨乃は保守盤の下部を開き、細い通路へ身を滑り込ませた。ほどなくして、配管を叩く音が壁越しに返る。 「炉心の温度は規定内。出力が上がって見えるのは、熱じゃない。記録保存系が電力を食ってる」 中央卓に数値が送られた。冷却系は四十七パーセント、保存系は百八十二パーセント。停止を拒んでいるのは炉心ではなく、何かを失うまいと働き続ける記憶の側だった。 狐火が通路の入口に集まり、梨乃の前で揺れた。そこに映ったのは、彼女が先月、錆びた手動錠の部品を手にしている姿だった。 「交換申請を出したのに、閉鎖まで保つって言われた」 映像の梨乃は、部品を戻す前に長く立ち尽くしていた。 「強く言えばよかった。保守固定も、点検のためだけじゃない。あの爪が途中で落ちないよう、私が固定値を上げた」 彼女の声には、責められる前から自分を責める響きがあった。 次の火は蒼介の足元へ走る。昨夜の彼は避難経路の試験画面を前に、送信ボタンから指を離していた。暁へ通知すれば更新が止められると思い、報告を保留したのだ。 真白の前には、削除予定一覧が浮かんだ。旧式機構だけではない。創設者たちの手書き記録まで、整理対象に印がついている。 「読めない形式だから、移し替えるつもりだった」 真白は震える息を吐いた。 「でも、失敗したら消える。だから、誰にも見せられなかった」 冬至は壁の青い火を追った。それは制御室から保守通路へ向かわず、存在しないはずの北側の壁へ曲がっている。 「そこに廊下があります」 言ってから、三人の視線を受けた。施設図面に北側通路はない。 「……以前の図面には、あったのでしょう」 取り繕うように続けたが、狐火はすでに古い壁の継ぎ目をなぞっていた。冬至には、その先の月明かりのない廊下と、白衣の人々の声が、遠い記憶のように浮かんでいた。 梨乃が通路から戻り、端末の履歴を表示する。保存系の過剰稼働は九時二分からではない。七分前、八時五十五分に始まっていた。 「炉は扉を閉じる前から、記録を集めていたんです」 冬至は告げた。 「私たちの操作だけではない。この施設そのものが、何かを保存すべき危機だと判断した」 狐火は北の壁に小さな扉の形を描いた。その向こうから、暁の声が初めてかすかに揺れた。 「その通路を、なぜご存じなのですか。冬至様」

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