「炉は、記録を守るために私たちを閉じ込めたの?」 真白の問いに、暁はすぐ答えなかった。中央卓の表示では、保存領域保護と更新処理が交互ではなく、同じ優先度で走り続けている。片方は旧規則による凍結、もう片方は真白が組んだ新規則による構造変更だった。 蒼介が履歴を追い、青ざめた。 「更新命令には、避難経路を再構成して、人を外へ導く処理がある。でもその前提として、永久保存領域を主系統から切り離す必要がある」 「切り離しは消去ではありません」 真白は言い返しかけて、言葉を失った。北の壁で狐火が揺れる。古い記録層へ伸びた光と、扉へ伸びた光が、互いに反対へ引かれるように細く震えていた。 「炉には違いが分からないんです」 冬至は履歴の開始時刻を示した。八時五十五分、旧記録層の照合。九時二分、三人の操作と暁の凍結命令。炉は保存対象を失わせず、なおかつ避難路を開けという命令を、どちらも破らず実行しようとした。その結果、最も頑丈な隔離扉を閉じ、内部の情報も人も固定したのだ。 「では、更新を撤回します」 真白は端末へ手を伸ばした。 「私が消します。保存領域には触れません。古い機構も、このままでいい」 「駄目です」 冬至の声は強かった。 「過去を残すことと、過去の仕組みに縛られることは違います。壊れた爪で人を閉じ込めることまで、記録を守る行為にしてはいけない」 梨乃が赤い把手へ視線を落とす。蒼介は避難経路の図を開いた。 「保存領域そのものを消さずに、炉の制御からだけ分けられないか。北側の旧通路を使えば、外へ出る経路を別系統にできる」 「旧通路は記録層の中です」 暁が告げる。 「開放には、最深部の共鳴鍵が必要です」 狐火が、冬至の足元から北の壁へ走った。鍵を示すように青白い輪郭が一度だけ、彼の手の形を取った。 冬至は目を伏せ、それから三人を見た。 「なら、消すか残すかではない方法を探しましょう。暁には保存の意味を、皆さんには更新の責任を、それぞれ最後まで果たしてもらいます」 炉の白い出力表示は、なお上昇していた。しかし北の壁に描かれた古い扉の線だけが、先ほどよりわずかに明るくなった。
狐火を継ぐために
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