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失敗だらけの録音が愛おしい

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失敗だらけの録音が愛おしい
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澪は装置の小窓に浮かぶ番号を、余白へ書き留めた。父の声を聞いた、と書くには、目録の紙は少し事務的すぎた。 「もう一度、同じ音を出せますか」  奥田がつまみに手を伸ばすより早く、次の声が流れた。 「本日の残業時間は、〇・八秒です」  関が腕時計を見た。 「うらやましい職場ですね」 「残響時間だ。残業は〇・八秒じゃ済まん」  録音の訂正に、奥田が深くうなずいた。 「この研究所では、だいたい同じ意味だった。音が長く残るほど、人も長く残る」  棚から返ってきた「残る」が、帰宅を引き止める上司のように響いた。 「勤務記録の装置ではないんですか」  関の問いに、澪は番号を書いた紙を見直した。 「だとしたら、父は部品を逆につけた時間を申告したことになります」 「正直な職場だ」  奥田は感心してから、棚の隙間を指した。 「あそこに実験記録簿があったはずだ。青い背表紙。いや、当時は青かった」  関が毛布で箱を支えたまま、空いた手で薄い冊子を引き出した。背表紙は灰色だった。記憶にも日焼け対策が要るらしい。  澪は頁を開き、関の控えた再生順と照合した。くしゃみの番号には「接点汚損」、誤解の番号には「口頭報告訂正」。父の番号には「部品取付方向誤り」とある。  その間に、測定完了や動作確認済みの行が何本も挟まっていた。 「ここを飛ばしています。順番が乱れているわけではありません」  関が番号を一つずつ読み上げ、奥田が略記の意味を補った。「良」は良好、「再」は再試験。「茶」は休憩だった。最後の一字だけ、妙に力強かった。  巻頭には、装置の試験目的が記されていた。登録所有者の作業で失敗が生じた際、その直後の音声を保存する。  澪は指で行をたどった。 「成功の記録がないのは、壊れたからでも、消えたからでもない。初めから保存しない仕様なんです」 「失敗だけ拾うのか。うちの報告書より厳しいな」  関が用途欄の鉛筆書きを消し、澪へ紙を返した。  奥田は箱を見つめた。 「うまくいったことは、実験の記録に残るからね」  澪は目録に仕組みを書き足した。父の失敗にも、番号と日付と、ここに残った理由があった。

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