奥田が保守資料の束から抜き出したのは、赤い表紙の薄い冊子だった。 「重要なものは赤にしたんだ。青だと実験記録と間違えるから」 「背表紙、どちらも灰色ですね」 関の指摘に、奥田は冊子を開いた。 「年月は分類に協力しない」 澪は端子の図をたどった。外部出力と見えた差し込み口は検査専用で、音声の取り出しには使えない。録音媒体も独自形式だった。手元の機器で複製できる方法は、載っていなかった。 さらに奥田が、折り込まれた配線図を広げた。余白に、扉連動試験、と書き込みがある。 「閉鎖前に仮の接続をした。それを戻していなかったのか」 澪は図面の線を指で追い、非常用の連絡器で設備担当者に頁番号を伝えた。向こうで紙をめくる音がした。 「こちらの記録とも一致します。扉に誤接続された制御領域と、録音媒体が一体になっています」 「音だけ残して、扉を復旧できますか」 「承認された手順では、領域全体の初期化が必要です。録音も消去されます」 澪の指が、線の途中で止まった。 「電池を外すだけでは」 「その操作は復旧手順にありません。現場判断で配線を外すこともできません」 丁寧な返答には、抜け道の余白がなかった。奥田は別の頁を開き、残量と停止までの時間を確認した。 関が予定表を差し出した。指したのは車の出発時刻ではなく、施設全体の引き渡し期限だった。 「電池切れまで待つと、ここを越えます。その場合、収蔵品は全部まとめて一時保管です」 「保管先で、続きを調べることは」 「今日は無理です。受け渡し後は別の管理になるので、僕ら三人で箱を開けて確認する段取りには戻せません」 関は予定表を置いたまま、腕時計を袖に隠した。 「時計を見たって、電池が気を利かせるわけじゃないですし」 奥田も返事を求めなかった。複製できない理由、初期化の範囲、待った場合の扱い。必要な頁を並べ、澪が読める向きにそろえた。 「急いで答えるより、知らないことを減らそう」 装置のランプは相変わらず緑だった。閉じ込める仕事にも、声を残す仕事にも、同じ律儀さで励んでいる。 澪は目録の余白に、初期化で音声消去、と書いた。その下に、一時保管後は当日の再確認不可、と加える。 父の声を残したいという一行の隣に、選ぶための事実が並んだ。
失敗だらけの録音が愛おしい
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