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無口な先生の差し入れ

小説ID: cmpl4rnrh000q01p4wqyuisiq

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文化祭まで、あと六日しかない。美術部の部室には、乾きかけた絵の具の匂いと、焦りのため息が濃く漂っていた。大きな展示用パネルはまだ下地の段階で、机の端には切り出し途中の厚紙や、線の狂ったスケッチが積み上がっている。誰も口には出さないが、間に合うのかという不安は、筆を握る手の震えにまで滲んでいた。 先輩のひとりが、時計を見上げて小さく笑った。「今日はもう、脳みそが糖分を求めてる」その言葉に、皆が疲れた顔で頷いた。そのときだった。部室の戸がかすかに開き、気づけば机の隅に小さな包みが置かれていた。誰も入ってきたところを見ていない。気配だけが、薄く通り過ぎたようだった。 包みを開けると、素朴なクッキーが四枚、きちんと揃っていた。中には短い紙片が一枚だけ入っている。無理しすぎないように、という、几帳面なのか不器用なのか分からない字だった。 「え、誰?」 「差し入れ? 先生?」 「でも、あの先生ってこんなことする?」 部員たちは顔を見合わせた。顧問の先生は普段ほとんど喋らず、教室に来ても静かに端へ立っているだけだ。けれど、その無口さが逆に、今のような気配の濃い出来事を先生らしく思わせた。誰かが「先生、やさしすぎ」と言うと、部室に重たかった空気が少しだけゆるんだ。 それからは、作業の合間に謎の贈り物が机へ現れるようになった。翌日はキャンディ、その次はバターの香りがする焼き菓子。種類は変わっても、添えられたメモにはいつも一言だけ、体を気づかうような短い言葉が書かれていた。まるで、言葉にするのが苦手な誰かが、代わりに包み紙の結び目へ気持ちを託しているみたいだった。 差し入れが置かれるたび、部員たちの間では小さな推理が始まる。購買で売っていない味だ、家の近くの店に違いない、いや職員室の誰かが協力しているのではないか。けれど結論は出ない。それでも不思議と、誰も手を止めなかった。甘いものがあるだけで、疲れた背中が少し伸びる。明日の線がうまく引ける気がする。そんな単純な希望が、夜の部室に静かに満ちていった。