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無口な先生の差し入れ

小説ID: cmpl4rnrh000q01p4wqyuisiq

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三日目の夕方、部室に戻った瞬間、甘い匂いがした。 机の中央には、昨日までの焼き菓子とは違う、小さな袋がいくつも並んでいる。透明な袋の中には、色とりどりの飴と、一口で食べられる丸い菓子が入っていた。紙の上には、少しだけ角張った字で、作業の合間にどうぞと書かれている。 「これ、最高じゃない?」 先輩が袋を持ち上げたまま笑う。「手を止めなくていいやつだ」 「気が利きすぎる」 「しかも個包装。完全に分かってる」 誰かが一粒口に入れる。柑橘の香りがふっと広がって、乾きかけた喉の奥をやさしくなでた。別の子は、小さな丸菓子を片手でつまみながら、定規で線を引く。筆を洗いに立つ手間もなく、甘さだけが静かに身体へ届いていく。そのさりげなさが、むしろ一番ありがたかった。 「先生、絶対見てるよね」 「見てるどころか、部室の生活リズムまで把握してない?」 「いや、ここまで来ると監視じゃなくて養育だろ」 笑いが起こる。だが、誰も本気で疑っているわけではない。普段の先生は、職員室でも廊下でも、まるで壁際の影みたいに静かだ。必要なことしか言わないし、視線もすぐに逸れる。なのに、差し入れだけは妙に細やかだった。今日の飴は作業中に食べやすく、昨日の焼き菓子は手が汚れにくく、初日のクッキーは疲れたときにほっとする固さだった。偶然にしては出来すぎている。 「もしかして、先生じゃない誰かがいる?」 「職員室の誰かと共同制作とか」 「いや、メモの字が同じだったって話、もう忘れたの?」 机の上に広げられた紙片を並べると、たしかに癖がそろっている。少し右上がりで、最後の一画だけ、いつも迷ったみたいに細くなる。書き慣れていないのに、毎回ていねいに書こうとしている感じがした。 そのとき、部室の戸が静かに開いた。みんなが一斉に顔を上げる。だが入ってきたのは先生ではなく、用事を終えた一年生だった。 「先輩、さっき廊下で先生見ました。なんか、すごく大きい袋持ってましたよ」 部室が一瞬だけ固まる。 「大きい袋?」 「お菓子の袋、っていうより、買い出しの袋みたいな」 先輩が吹き出した。「もう完全に犯人じゃん」 「犯人って言い方」 「でも、あの人が自分で選んでるなら、相当本気だよね」 誰かが飴をもう一粒頬張る。甘さは同じなのに、さっきよりずっと温かく感じた。気づかれないように気づかって、言葉にしないまま支える。そんなやり方しかできない人がいるのだとしたら、それは少し不器用で、少し可笑しくて、けれど確かな優しさだった。 夜の始まりを告げるチャイムが遠くで鳴る。部員たちはそれぞれの席に戻り、紙を押さえ、絵の具を絞り、また作業を始めた。袋の中の飴はまだたっぷり残っていて、誰かが疲れたときに、いつでも手を伸ばせる。 部室の空気は、甘さをひそめたまま、少しずつ完成へ向かっていった。