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無口な先生の差し入れ

小説ID: cmpl4rnrh000q01p4wqyuisiq

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文化祭から三日後の夕方、部室は驚くほど静かだった。壁際には外された展示パネルが立てかけられ、床には養生テープの跡だけが白く残っている。誰もが少し眠そうで、それでも妙に晴れやかな顔をしていた。片づけの最後の山を終えたばかりで、机の上には反省会用に持ち寄った紙コップと、誰かが忘れていった筆だけが並んでいる。 「終わったなあ」 先輩が大きく伸びをした。 「終わったのに、なんかまだ落ち着かない」 「今年一番疲れたし、一番楽しかったかも」 その一言で、皆が同時に笑った。展示の成功も、来場者の反応も、まだ胸の奥で温かく燻っている。そこへ後輩のひとりが、引き出しの奥から例の紙片を束にして見つけ出した。 「これ、全部残ってた」 机に並べてみると、癖のある字がいっそうはっきり見えた。少し右上がりで、最後の画がいつも小さく震える。無理しすぎないように。今日は少し甘めです。あと少し。落ち着いて進めてください。文は短いのに、どれも不思議と場面にぴたりと合っていた。 「ねえ、これさ」 部長が一枚を持ち上げる。 「毎回、言い回しは違うけど、視点が同じなんだよ」 「視点?」 「部室の中じゃなくて、作業してる人の手元を見てる感じ」 誰かが紙片を受け取り、隅を指でなぞった。 「しかも、差し入れの選び方もそう。飴の日は手を止めたくないとき、焼き菓子の日は疲れが出る午後、羊羹の日は追い込み、前夜の高い菓子は……最後の踏ん張り」 「全部、部活の流れ知ってないと無理じゃない?」 その瞬間、部室がしんと静まった。答えはもう、ほとんど目の前にあった。誰も口にしなかっただけで、みんな薄々気づいていたのだ。差し入れの主は、ただ優しいだけの誰かではない。部活の予定表より先に空気を読める、あの人だ。 「先生だ」 最初に言ったのは、いちばん口数の少ない後輩だった。 誰かが吹き出した。 「やっぱり!」 「でも、あの先生が?」 「いや、むしろあの先生だからでしょ」 笑いが広がる。無口で存在感が薄いと思っていた顧問は、実は部室の端からずっと見ていたのだ。必要な言葉だけを選び、作業の手が止まりそうなタイミングを見計らい、誰にも気づかれないように甘さを置いていく。あの几帳面な字も、店の選び方も、すべてその一部だった。 そのとき、扉が静かに開いた。入ってきた顧問の先生は、いつもの無表情のまま部室を見回し、机の上の紙片の束に一度だけ視線を落とした。部員たちは一斉に立ち上がりかけ、けれど次の瞬間には我慢しきれず笑ってしまう。 「先生、全部バレてます」 部長が言うと、先生はほんの少しだけ目を伏せた。 「……お疲れさまでした」 それだけだった。けれど、その声はいつもより確かにやわらかかった。 誰かが拍手をした。すると次々に笑いが重なり、部室は急に賑やかになる。 「差し入れ、最高でした」 「先生、想像以上に細かいです」 「今度はメモ、もう少し長くてもいいかも」 先生は困ったようにほんのわずか肩を揺らし、それから小さく咳払いをした。 「……次は、もう少し分かりやすくします」 その返事に、部員たちはまた笑った。無口で不器用だと思っていた人が、誰よりも自分たちのことを見ていてくれた。文化祭の成功も、その前の焦りも、全部ひとりで抱えずに済んだのは、この見えない応援があったからだ。 誰かが残っていたクッキー缶を持ち上げる。 「じゃあ、最後にもう一回だけ」 「何を?」 「先生に、ちゃんとありがとうって言う」 今度は全員がうなずいた。遅れてきた感謝は、けれど少しも遅くなかった。部室の隅で、先生は相変わらず無言のままだったが、その背中はいつもよりずっと近くにあった。

ユーザープロット

美術部の部員が文化祭祭に向けて展示作品の作成を頑張るコメディ。いつも無口な先生が、文化祭の1週間前から毎日深夜におかしを差し入れをしてくれるようになる。毎日少しずつ変わったお菓子を差し入れするようになり、前日には意外なものを差し入れしてくれる。文化祭の数日後に部室で振り返って、先生の正体に気づく。