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無口な先生の差し入れ

小説ID: cmpl4rnrh000q01p4wqyuisiq

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文化祭前夜の部室は、昼間よりずっと静かだった。展示パネルは壁際に立てかけられ、照明の角度も、題字の位置も、もう何度目か分からない確認を終えている。なのに誰も帰ろうとしない。最後のひと押しが欲しい、そんな顔で机の上を見つめていた。 そのとき、戸がほとんど音もなく開いた。振り向くより早く、机の端に箱が置かれる。今までの素朴な袋菓子とは違う。艶のある厚紙に包まれ、金色の細い紐が結ばれた、見栄えのする一箱だった。表には地元の名店の印、箱の中には、桜色の薄い菓子と、焼き目のきれいな小さなケーキが並んでいる。まるで祭りの初日に出すような、ひと目で気分が上がる特別な品だった。 「え、なにこれ」 「本気すぎない?」 「豪華すぎる、反則」 部室が一気に沸く。先輩が箱を持ち上げ、後輩が中身を覗き込み、誰もが子どもみたいな声を上げた。いつもの控えめな差し入れと違い、これは明らかに勝負をかけている。しかも、並べ方まで妙に美しい。 紙片には、今夜で最後です。明日は自信を持ってください、とだけ書かれていた。いつもの短い言葉より、少しだけ長い。そのぶん、声をかけるのが苦手な誰かが、ぎりぎりまで考えて選んだのだと分かる。 「最後の仕掛けだ」 部長が低く言った。 「これ、もう気合い入れ直せってことだろ」 誰かが箱の一つを口に運ぶ。ふわりと広がる上品な甘さに、作業で乾いた舌が驚く。次の瞬間には、みんなが笑っていた。疲れ切っていたはずなのに、箱を囲む空気だけがやけに明るい。 「よし、これ食べたら終わらせる」 「終わらせるっていうか、完成させる」 「展示、絶対負けない」 そこからの動きは早かった。テープの端をきれいに切り、埃を払い、展示物の角度を微調整する。照明を一段下げると、作品の色が深く見えた。ひとつ直すたびに全体が締まり、眠気と焦りで曇っていた視界が澄んでいく。甘いものの力というより、背中を押される感覚に近かった。 誰かが最後のタイトル札を貼り終えたとき、部長が腕を組んでうなずいた。「これで行ける」 その言葉に、部室の全員が同時に息を吐いた。やりきった、という感覚が、じわじわと体の奥から広がっていく。箱の中の菓子はもう半分以上なくなっていたが、不思議とそれでいいと思えた。最後の甘さまで、きちんと文化祭前夜の記憶になった。 廊下に出ると、遠くの校舎から準備の音がまだ聞こえていた。明日は人であふれる。その中心に、自分たちの作品が立つ。そう思うと、足取りは重いのに、胸だけが少し熱かった。 振り返ると、部室の机の上に、空になった箱と小さな紙片が残っている。誰が置いたのか、まだはっきりとは分からない。けれど、正体などどうでもいいほどに、今夜の仕掛けは完璧だった。美術部はそのまま、最後の夜を駆け抜けていった。