翌日の昼下がり、部室に戻った美術部の面々は、机の上に並んだ小さな包みに思わず声を上げた。昨日のクッキーとは違い、今日は香ばしい焼き菓子が三種類、色違いの紙で丁寧に包まれている。ひとつは胡桃の入った軽い食感、ひとつは少し塩気のきいた甘さ、もうひとつはほろりと崩れる素朴な味だった。 「今日は全部ちがうぞ」 「選ぶ余裕あるんだね、あの人」 「気分で変えてるってこと?」 誰かがそう言うと、みんな一斉にうなずいた。無言のまま置かれる差し入れは、いつも同じようでいて少しずつ違う。そこにある小さな変化が、妙に人間らしく感じられたのだ。きっと気分で棚をのぞいて、今日はこれにしようと決めているに違いない。真面目で、少しだけ不器用で、でも優しい。そんな姿が、勝手に輪郭を持ちはじめる。 甘いものを口にしながら、部員たちは作品の細部に戻った。展示パネルの左側に置く題字の位置、照明が当たったときの影の濃さ、背景色を一段だけ落とすかどうか。普段なら黙々と進む作業も、今日は会話が途切れない。お菓子の味を言い合い、そのたびに次は何が来るのかと想像を膨らませる。あんまり期待しすぎると外れたときに泣く、と笑い合いながらも、みんな少し楽しそうだった。 「でもさ、毎回メモの字が同じなんだよな」 先輩のひとりが紙片を指先でつまみ上げる。無理しすぎないように、今日は少し甘めです。たったそれだけの短い文なのに、どこか照れたような温度がある。 「きっと書くの苦手なんだろうね」 「だからこそ、わざわざ書いてくれてるんだよ」 その言葉に、部室はしんとしたあと、ふわりと笑い声がこぼれた。窓の外では夕方の光が傾きはじめ、白いボードの縁をやわらかく染めていく。筆を動かす手はまだ重いのに、心のほうは不思議と軽かった。誰かが気にかけてくれている。その事実だけで、完成へ向かう足取りは少しだけ速くなる。 そしてその日、差し入れの謎はひとつ増えた。焼き菓子の包みの端に、見慣れない店の小さな印が押されていたのだ。部員たちは顔を見合わせ、また新しい推理を始める。けれど答えはまだ遠い。それでも、甘い余韻だけが部室の空気に残り、明日の作業を待つ時間まで、静かに支えていた。
無口な先生の差し入れ
小説ID: cmpl4rnrh000q01p4wqyuisiq
2 / 10
