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無口な先生の差し入れ

小説ID: cmpl4rnrh000q01p4wqyuisiq

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七日目の夕方、部室の空気はひどくぴりついていた。展示パネルの最終調整が始まり、絵の具の乾き具合、文字の傾き、照明を受けたときの陰影まで、誰もが神経質になっている。ほんの一ミリのずれが気になって、さっきまで笑っていた先輩が急に黙り込む。後輩は消しゴムのかすを払う手つきまで慎重だった。 そんな中でも、机の端にはいつもの差し入れが置かれていた。今日は小ぶりな羊羹だった。甘さは控えめで、口に入れると静かにほどける。添えられた紙には、落ち着いて進めてくださいとだけある。たったそれだけなのに、喉の奥に張りついていた焦りが少しだけほどけた。 「これ、今の空気にぴったりすぎない?」 「わかってる人の選び方だよね」 「作業の邪魔をしない甘さって、逆に難しいのに」 誰かがそう言うと、みんな無意識にうなずいた。今日は手を止めたくない日だと、置かれた菓子が知っているみたいだった。袋の大きさも、包みの硬さも、机に並べた道具の隙間にちょうど収まる。差し入れの主は、部室の流れを見ている。誰もがそれをはっきり実感していた。 部長が筆を置き、完成目前の作品を見渡した。「少し修正したら、もう触らない。今夜で決める」 返事は短かったが、そこに迷いはなかった。線を引く音、テープを剥がす音、遠くの廊下を駆ける足音。その全部の合間に、さりげない気遣いが差し込まれている。甘さは強くないのに、不思議と背筋が伸びる。焦っていたはずの手が、いつのまにか正確に動いていた。 「これ、ただ応援してるだけじゃないよな」 後輩のひとりがぽつりと漏らす。 「うん。流れまで見てる」 先輩が紙片を裏返しながら笑った。「次に何が必要かまで分かってる感じする」 その言葉に、部室が静かになった。だが沈黙は重くない。誰かが自分たちを見て、疲れ方や焦り方まで覚えていて、それに合わせて甘さを選んでくれている。そう思うだけで、ひとつひとつの作業が少しずつ整っていく。 最後の補強を終えたとき、完成したパネルの前に立った部長が小さく息を吐いた。「よし。いける」 その一言で、張りつめていた空気がふっと変わる。誰かが肩を落とし、誰かが笑い、誰かが羊羹の最後の一切れを口に入れた。甘さは静かに広がって、部室の疲れをやわらかく包む。 まだ正体は分からない。けれど、もう疑う者はいなかった。あの見えない誰かは、ただお菓子を置いているのではない。作業の速さも、沈黙の重さも、全部受け止めながら、必要な分だけ甘さを差し出している。 部員たちは顔を見合わせ、同時に笑った。謎は深まるのに、気持ちはなぜか軽い。見守られているという確信だけが、夜の部室を確かな場所に変えていた。