四日目の夕方、部室の空気は朝からずっと張りつめていた。展示パネルの仕上げは佳境に入り、絵の具の乾きを待つあいだも、誰かが定規を走らせ、誰かが色の境目を見比べている。疲れはたしかに積もっていたが、不思議と誰もため息を漏らさなかった。机の上には、あの差し入れがあるからだ。 今日は小さな個包装の焼き菓子に、手書きの紙片が一枚だけ添えられていた。書かれているのは、いつもよりさらに短い。あと少し。食べすぎ注意。たったそれだけなのに、部員たちは一斉に顔を見合わせ、次の瞬間には吹き出していた。 「食べすぎ注意って、先生、ほんとそういうとこ」 「応援なんだか釘なんだか分からない」 「でも嫌じゃないのがすごい」 素っ気ない文面だった。けれど、そこにあるのは命令でも注意でもなく、きっと体力を気づかう気持ちなのだと、誰もが分かった。言葉が足りないぶん、選ばれたお菓子や、置かれる時間や、紙の端に残る丁寧さが、代わりに声を持っていた。 先輩のひとりが菓子を半分に割り、隣の後輩へ差し出す。別の部員は、乾きかけた筆を置いて一息ついた。誰かの作業を誰かが自然に引き継ぎ、足りないところを埋め合う流れが、いつの間にかできている。最初は差し入れに驚いていただけだったのに、今ではそれが合図のようになっていた。 「なんかさ」 誰かがぽつりとつぶやく。 「先生のメモ、毎回同じくらい短いのに、今日はやけに効くね」 「たぶん、今日は限界が近いの分かってるんだよ」 「見えてるんだな、全部」 その言葉に、部室は少しだけ静かになった。けれど重くはない。静けさの底で、誰もが同じ方向を見ている感じだった。仕上げの線を引く音、ハサミで紙を切る音、遠くで鳴る運動部の掛け声。その全部のあいだに、気づかれないまま支えてくれる気配がある。 部長が立ち上がり、壁際に置いた完成目前のパネルを見た。「あと少し、いける」 返事は一つではなかった。うん、いける。まだいける。やるしかない。笑い混じりの声が重なって、部室の空気がふっと熱を帯びる。疲労は消えない。それでも、ひとりで抱えていた重さが、少しずつ分かち合える重さに変わっていく。 最後の一口を飲み込んだあと、誰かが小さく手を叩いた。 「よし、もう一枚いこう」 その一言で、皆が再び席に戻る。甘さの余韻だけが口の奥に残り、手元は不思議なほど軽かった。見えないところで誰かが見守っている。たったそれだけのことが、今の部室には何よりも強い力だった。
無口な先生の差し入れ
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