chapalette Logo

見えていた町の秘密

小説ID: cmru5t6zm000001qome5rh1js

10 / 10

白衣の大人は、ぼくの名前を呼ばなかった。代わりに、ずっと前から知っているような目でこちらを見て、ゆっくりと頭を下げた。転校生は一歩前へ出て、ぼくの前に立つ。けれど大人は敵意も恐れも見せず、ただ扉の内側へ手を差し入れた。その仕草は、拒むより先に招き入れるものだった。 中は研究室だった。机の上には町の模型が並び、家々の位置、学校の動線、広場の人の流れまで細かく作られている。壁一面の記録には、ぼくの幼いころの会話、泣いた日、笑った回数まで残っていた。大人は静かに言った。この町は、人間の言葉を話せる動物を生み出すために作られた実験区だと。町の住人は、そのための環境役でもあり、観察役でもある。ぼくは最初から、境目を見つける子として育てられていたのだと。 ぼくは記録の文字を追った。生まれたときから動物に見えていたことが、間違いではなかったと知って、なぜか少しだけ息が楽になった。見え方は、ぼくの弱さではなく、町が選んだ仕組みだったのだ。だが同時に、転校生だけは違った。彼もまた外から来た観察者ではなく、境界の揺れを確かめるために送り込まれた同じ対象だった。転校生はぼくを見て、短く笑った。ぼくたちは、ここでしか出会えないように置かれていたのだ。 大人は続けた。実験は失敗ではない。人は自分の目を疑うことで、初めて他者を見直すことがある、と。ぼくは窓辺に立ち、外を見た。パン屋のおばさんは白い猫のまま通りを掃除している。八木くんは子犬のように笑い、先生はフクロウの姿で空を見上げていた。けれど今は、その輪郭の奥に、確かに人の気配がある。見え方は一つじゃない。そう思えた瞬間、世界は壊れるのではなく、深くなった。 転校生が言った。もう、見せられた町に従う必要はない。自分の目で選べばいい、と。ぼくはうなずいた。ここに残って観察され続けることもできる。外へ出て、自分の見え方を確かめることもできる。どちらが正しいのか、まだわからない。けれど、わからないまま決めていいのだと知った。 ぼくは記録帳を閉じ、机の上に置いた。もう証拠にしがみつかなくてもいい。転校生の隣に立ち、扉の向こうへ視線を向ける。そこには、見慣れた町がある。だが今度は、ぼくを囲う檻ではない。選び直せる場所として見えていた。 一歩外へ出ると、風が頬を撫でた。動物の姿に見える人たちも、人の姿に見える転校生も、同じ空の下にいる。ぼくは初めて、自分の見ている現実を受け止めたまま、別の明日を選ぼうとしていた。

ユーザープロット

生まれて以来、他人が動物に見えてしまう主人公の小学生男子。その人の性格に合わせて、草食動物だったり、肉食動物だったり、爬虫類だったりと見える動物は様々。ある日転校生が学校にやってきて、なぜかその転校生は自分と同じ人間に見えてしまう。気になって話しかけてみると、転校生は新しい町で驚くことばかりだという。実は動物に見えていたのは本当に動物で、周囲に自分以外の人間が全くいなかったというオチ。主人公が住んでいる町は、人間の言葉を話せる動物を生み出すというプロジェクトのために作られた町で、主人公は実験台にされていたのだった。