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見えていた町の秘密

小説ID: cmru5t6zm000001qome5rh1js

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ぼくたちは施設の前で足を止めた。白い壁は昼の光を吸いこみ、入口のガラスだけが妙に冷たく光っている。さっきまで確かにあった役場の古い階段も、掲示板も、植木鉢もない。あるのは、整えられすぎた無機質な廊下と、観察区画管理室という黒い文字だけだった。 転校生が小さく息を吐いた。「ここが、たぶん中心だ」その声は震えていないのに、妙に遠く聞こえた。ぼくは記録帳を抱え直し、扉の脇にある札を見た。職員以外立入禁止。その下に、見慣れた丸文字で、対象児童の導線確認と書いてある。ぼくの指先が冷たくなる。対象児童。その言葉は、もう記録帳の中だけのものではなかった。 裏手の窓越しに、薄い明かりがいくつも見えた。人影が動くたび、そのたびにぼくの目は無意識に動物の輪郭を探してしまう。けれど今は、猫や犬の姿よりも、その下にある人の気配のほうがはっきりした。誰かがこちらを見ている。見られているのに、見返すことが許される場所ではない。そんな気配が、施設全体に満ちていた。 転校生は壁際に貼られた案内図へ近づいた。そこには町の全体図があり、学校も広場も倉庫も、ぼくの家まで赤い線でつながっている。線の先に、小さな星印がついていた。観察対象居住区。ぼくはそれを見て、ようやく自分が歩いてきた道の意味を知った。町は広がっているのではなく、ぼくを中心に円を描くように作られていたのだ。 「君、これ見て」転校生が指さしたのは、図の下にある一覧だった。感覚差異、反応記録、同化率、覚醒兆候。読めない単語が並ぶその端に、ぼくの名前があった。しかも、ぼく一人ではない。知らない子どもたちの名前が、何人も同じ欄に並んでいる。転校生の指が止まった。そこにも、彼の名前があった。 ぼくは息をのんだ。転校生も、観察される側だったのか。いや、それだけじゃない。記録の端には、経過良好、接触により境界認識が進行と書かれている。接触。ぼくはその一語を見た瞬間、すべての手がかりが一本につながるのを感じた。転校生が来たのは偶然じゃない。ぼくと同じ形に見えたのも、同じ場所へ導かれたのも、最初から仕組まれていた。 そのとき、背後の自動扉が静かに開いた。振り返ると、白衣の大人が立っていた。顔はよく知っているはずなのに、今は誰の顔かすぐに言えない。ただ、その人の目だけは、ぼくの名前を知っていた。パン屋のおばさんでも、先生でもない。もっと昔から、ぼくを見ていた目だった。 「よくここまで来たね」 その一言で、ぼくの中の最後の迷いがほどけた。町の人たちが何を隠していたのか。ぼくが動物に見ていた姿は何だったのか。全部、この場所でつながる。ぼくは記録帳を強く抱きしめ、転校生の横顔を見た。あの子は、もう驚いていなかった。代わりに、静かにうなずいた。 施設の奥から、低い警報音が一度だけ鳴った。ぼくはそれを聞きながら、恐怖より先に、奇妙な確信を覚えた。ようやく、核心に手が届く。町が何のために作られたのか。ぼくが何を見せられ、何を試されていたのか。その答えは、すぐそこまで来ていた。