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見えていた町の秘密

小説ID: cmru5t6zm000001qome5rh1js

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放課後、ぼくは転校生と町の図書館へ向かった。いつもは眠たげな空気の建物なのに、その日は入口のガラスが妙に白く光って見えた。中へ入ると、紙のにおいの奥に、古い布を湿らせたような匂いがした。転校生は迷いなく奥の棚へ歩き、ぼくはその背中を追いながら、背表紙の並びを見た。町史、開拓記録、住民名簿。どれもありふれた題名なのに、棚の札だけが新しく、ここだけ浮いているようだった。 ぼくは町史の一冊を引き抜いた。ぱらぱらとめくると、昔の町並みの写真が出てきた。今と同じ広場、同じ時計台、同じ川の曲がり角。けれど人の顔が少ない。広い道には、動物の姿をした人たちではなく、顔をぼかしたような影が並んでいた。次の頁には、町づくりの記録があった。家は互いに近すぎず遠すぎず、通学路は見通しがよく、広場は集まりやすい位置にある。誰もが安心して暮らせる環境を目指して、という言葉の下に、小さな文字で、定住実験区という見慣れない語が添えられていた。 ぼくが息を止めると、転校生が隣から本をのぞきこんだ。彼は別の資料を開いていた。そこには、町に住む子どもの観察記録らしいものが並んでいて、年齢、会話の傾向、環境への適応という項目の横に、短い手書きの印がいくつも押されていた。まるで育ち方を見守るための帳面みたいだった。転校生の目が鋭く細くなる。「やっぱり、ここはただの町じゃない」その声は震えていなかったが、指先だけがわずかに白くなっていた。 さらに奥の掲示板には、古びた紙が何枚も貼られていた。住民説明会のお知らせ、設備点検、避難訓練。だが、その中に混じって、端だけ破れた案内があった。人と動物の境界を観察するため、静かな生活圏を保つこと。見慣れない文面なのに、ぼくは読んだ瞬間、ずっと胸の奥に刺さっていた違和感の形が少しだけ見えた気がした。人のはずなのに動物に見えるのではなく、見え方そのものを確かめるために、ぼくはここに置かれていたのかもしれない。 転校生がぼくを見た。「これ、君も見えてた?」ぼくは答えられなかった。だって、見えていたものが本当の形なのか、それとも町にそう見せられていたのか、もうわからない。けれど、掲示板の隅に貼られた古い地図を見た瞬間、頭の中で一本の線がつながった。町は広すぎず、狭すぎず、逃げ道の少ない輪のように作られている。みんなが当たり前に暮らしているように見えるのも、そうなるように並べられていたからだ。 転校生は地図の端を指でなぞり、ここだけ字が違うと言った。そこには、観察区画の外、という小さな注記があった。ぼくはぞっとした。ぼくが今まで安心だと思っていた景色は、誰かの手で静かに囲われた場所だったのだ。転校生は本を閉じずに立ち上がり、ぼくにも目で合図した。もう少し探そう、と。 そのとき、図書館の奥で本棚がかすかに鳴った。誰かがいる。ぼくが振り向くより早く、受付のベルが静かに鳴り、司書のおばさんがこちらへ歩いてきた。その顔は、ぼくの目には昔から見慣れた白い猫のままだった。けれど今は、穏やかな目の奥に、何かを知っている人の確かな重みが見えた。ぼくは初めて、見えているものよりも、見えないもののほうが多いのだと知った。