翌日の朝、ぼくは教室へ入るなり、転校生の席を見た。まだ来ていなかった。机の上には、昨夜まで積まれていたノートがきちんとそろえられている。ほっとしたのか、残念だったのか、自分でもよくわからない気持ちのまま席に着くと、前の列で八木くんが振り向いた。犬みたいに丸い目をしたまま、どうしてか転校生のことを話題にしようとしない。質問しようとしたぼくは、途中で口をつぐんだ。あまりにいつも通りすぎて、逆にひっかかったのだ。 授業が始まると、フクロウみたいな担任が黒板の文字を指さしながら説明を続けた。声も身ぶりも普段と同じなのに、ぼくの目には、羽のような袖の動きが少しだけぎこちなく見えた。算数の問題を読んでいるのに、頭のすみに残るのは、昨日転校生が言っていた見え方の違いだった。教室のだれもが自然に笑い、うなずき、消しゴムを落とし、拾い、また前を向く。そのひとつひとつが、よくできた流れみたいにそろっていて、ぼくは急に、自分だけがその流れに乗るのがうまいふりをしていたのではないかと感じた。 休み時間、ようやく転校生が来た。少し息を切らしていて、机に手をつくと、まわりを見回した。「ここ、静かだね」と言うので、ぼくは首をかしげた。静かというより、うるさいくらいなのに、どういう意味だろう。すると転校生は、小さく笑って「音じゃなくて、反応が」と続けた。誰かが廊下を走っても、窓の外で工事の音がしても、この教室の子たちはあまり顔を向けない。気にしないのではなく、気にしないことに慣れているみたいだ、と。 ぼくは思わず周りを見た。たしかに、先生が入ってきても、みんなの目線はほとんど同じ角度で動く。教科書を開く手も、笑うタイミングも、まるで練習したみたいにそろっている。ぼくはずっと、それをこの町の落ち着きだと思っていた。でも転校生の言葉を聞くと、何かを隠すための静けさにも見えてくる。 「ぼくのほうが、おかしいのかな」と転校生が低くつぶやいた。ぼくはすぐに首を振った。そんなはずはない、と言いたかったのに、言葉がうまく出てこない。おかしいのは、どちらだろう。ぼくか、転校生か、それとも町そのものか。 昼休みのあと、理科室へ向かう廊下で、ぼくは一度だけ振り返った。教室の窓に映るみんなの姿は、相変わらず動物じみて見える。けれどその輪郭は、朝より少しだけ薄く、どこか貼りついた絵のようにも見えた。転校生はそのぼくを見て、何か言いかけたようだったが、結局ただ目を伏せた。その沈黙が、なぜかいちばん大きな答えのように思えた。
見えていた町の秘密
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