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見えていた町の秘密

小説ID: cmru5t6zm000001qome5rh1js

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休み時間になると、ぼくはいつもより少しだけ早く席を立った。転校生のまわりには、興味津々で寄ってくる子たちがいて、子犬みたいな八木くんが一番前で口を開けている。ぼくはその輪の外側で、机の角を指でなぞりながら様子をうかがった。転校生は、みんなの勢いに押されながらも、ちゃんとひとつひとつの言葉を拾って返していた。けれど、時々ふっと目を細めて、まるで見えないものを確かめるみたいに教室を見回すのだった。 午後の算数のあと、ぼくは勇気を出して話しかけた。「この町、もう慣れた?」と聞くと、転校生は少し考えてから首をかしげた。「慣れた、というより、まだ形がつかめない感じかな」その返事は、ぼくには妙に遠回しに聞こえた。ぼくが不思議そうな顔をしたのだろう、転校生は小さく笑って、「みんな、すごく元気だよね。だけど、何を見ても当たり前みたいに振る舞うから、ぼくのほうが変なのかなって思う」と言った。 帰り道も、ぼくは並んで歩いた。町の商店街では、魚みたいに素早く立ち働く八百屋のおじさんが店先を片づけ、向かいの文房具屋では、細い首を伸ばした鹿みたいな女の人が看板を拭いていた。ぼくにとっては見慣れた景色なのに、転校生は何度も立ち止まっては、目を瞬かせた。「看板がたくさんあるのに、みんなあまり見てないんだね」「犬の人も猫の人も、通りすぎるときにぶつかりそうで、危なっかしいのに」その言い方が妙におかしくて、ぼくは笑いそうになった。 でも、笑いながらも胸の奥がざわついた。ぼくには危なっかしいなんて思ったことがなかったからだ。むしろ、この町の人たちは、しっぽの先まで知っているみたいに自然に動いていた。なのに転校生の目には、同じ景色が少しずつずれて見えているらしい。ぼくは気になって、夕焼け色の道を進みながら「他の町は、こんなじゃないの?」と聞いた。転校生は一瞬だけ黙って、それから「少なくとも、ぼくのいたところでは、みんなもう少し同じに見えた」と答えた。 その言葉が、やけに耳に残った。家の屋根の向こうで、ゆっくり雲が流れていた。いつもなら気にも留めないその景色が、今日はなぜか、誰かが貼りつけた絵のように見えた。ぼくは転校生の横顔を見て、初めて自分のほうが何かを見落としているのかもしれないと思った。