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百年後の転校生は独りじゃない

小説ID: cmu1dduu0002k01mzp5v4k32m

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祖母の名前が板に残っていたことを、結人は夕食の席で誰にも話せなかった。話せば、あの丸い字が急にただの木の傷になりそうだった。 代わりに翌朝、納屋の奥に積まれた祖父の遺品を探した。祖父は祖母より先に亡くなっており、使い込まれた釣り竿や、片方だけの長靴や、なぜか三十個ある同じ大きさの瓶を残していた。楢ノ沢の年寄りは、物を捨てない競技でもしているのだろうか。 古い道具箱の底から、布で包まれた帳面が出てきた。表紙には祖父の字で、ただ『覚え書き』とある。結人がページをめくると、天気、畑の出来、誰それが鶏を逃がしたという記録の合間に、祖母の名が何度も現れた。 澄江、町へ行くと言う。 皆、口が重い。 駅まで送るなと言われた。 日付は、分校の板に祖母がいた頃から二年後の秋だった。結人はさらに読み進めた。 澄江のことで、また集まりがあった。 もう村には置けん、という者あり。 指先が止まった。 縁側で煎餅を食べていたキヨが、以前、ぽろりと口にした言葉を思い出す。澄江ちゃんは気の強い子だったからねえ。町へ出る時も、ちょっと揉めたんだよ。 源三の、帰す先なんてもうねえよ、という声も重なった。祖母は村を出たのではなく、追い出されたのかもしれない。分校の板にあった、またかえってこい、という文字は、戻れなかった人への言葉だったのか。 結人は該当する日の前後をめくった。だが、そこで帳面は不自然に途切れていた。数ページがきれいに切り取られている。破った跡は古く、祖父自身が抜いたのか、誰かがあとから持ち去ったのかも分からない。 残った次のページには、十日後の日付で一行だけあった。 澄江は笑っていた。あれでよかったのだろうか。 結人は帳面を閉じた。祖母の笑顔なら知っている。味の薄い味噌汁を出しておいて、健康的だと言い張る時の、少し得意そうな笑顔だ。けれど町へ向かった日の祖母が、何を隠して笑ったのかは知らない。 弁当箱の冷たい蓋に触れながら、結人は初めて、祖母にも自分の知らない顔がいくつもあったのだと思った。

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