源三が帰ったあとも、土間には薪の匂いと、言いそびれた言葉だけが残った。 「昔の映像、見返してみる」 紬は急に立ち上がり、祖母の家の縁側へ機材の入った鞄を運んだ。村の景色を撮り始めた頃からの動画は、外付けの保存機器に山ほど入っているらしい。画面には祭りの餅まき、沢で転んだ観光客、源三が猫に説教している場面まで流れた。源三は人間にも猫にも同じ声量で怒るようだった。 「これ、去年の資料室の片づけ配信」 紬が停止した画面には、埃をかぶった額縁が映っていた。動画の端で一瞬だけ、白黒の集合写真がこちらを向く。紬が拡大すると、写っていたのは若い祖母だった。編んだ髪に白い襟の服を着て、真ん中で笑っている。その隣には、今より髭が短いだけで不機嫌そうな源三。そして端には、背筋を伸ばした祖父がいた。 「三人とも、同じ場所にいたんだ」 額縁を資料室から借りると、写真の裏には薄い鉛筆書きが残っていた。 澄江、町へ発つ日。分校の皆で見送り。駅前にて。 その下には、菓子代を誰が出したか、汽車に乗る直前に誰それが泣いたかまで記されている。追い出す相手に、見送り会など開くだろうか。しかも菓子の数が足りず、源三が自分の分を半分に割ったとある。結人は写真の若い源三を見た。今なら猫にも分けなさそうな顔をしている。 祖父の日記の、もう村には置けんという言葉が頭をよぎった。村に置けないのは祖母自身ではなく、村の狭い学びだけだったのかもしれない。町へ出て働き、村へ学用品を送る。そのために皆が、つらい別れを選んだのだ。 「じゃあ、追い出されたって噂は誰が」 紬の声に、結人は答えられなかった。見送りの場で泣いた者が、悔しさを揉め事と呼んだのか。祖母が負担をかけまいとして本当の理由を伏せたせいか。あるいは、誰かが秘密を守るために、分かりやすい悪い話へすり替えたのか。 写真の中の祖母は、町へ向かう人の顔をしていた。捨てられる人の顔ではなかった。結人は裏書きを指でなぞり、噂は事実より長生きするくせに、写真一枚には案外弱いのかもしれないと思った。
百年後の転校生は独りじゃない
小説ID: cmu1dduu0002k01mzp5v4k32m
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