写真を返しに行くと、源三は小屋の前で鉈を研いでいた。石を擦る音が、こちらへ来るなと言っているようで、結人はあえて近づいた。 「祖母は、追い出されたんじゃないんですね」 源三の手が止まった。 「追い出したかった奴がおらんとは言わん」 ずいぶん正直で、ずいぶん困る答えだった。 「あの頃の村は、米も仕事も足りんかった。子供を町の学校へやるなんて、口にするだけで贅沢だった。澄江は、自分が町へ出て働く、その金で本や鉛筆を送ると言った」 源三は研ぎ石を桶の水へ沈めた。濁った水面に、白い空が揺れる。 「村が苦しいことを、町の親戚にも知られたくないと言い張ってな。施しを待つ村にしたくない、子供らには自分で山を出る道を選ばせたい、とな」 「でも、一人で出る必要があったんですか」 「必要なんぞ、なかった」 源三は吐き捨てるように言った。 「だから皆、止めた。止めたから揉めた。澄江は聞かん。あいつは笑う時ほど、もう決めとる」 祖父の日記の一行が、結人の胸に落ちた。澄江は笑っていた。あれでよかったのだろうか。よかったはずがない。それでも祖母は行ったのだ。 「欠けた頁には、そのことが書いてあるんですか」 源三は結人を見た。 「おまえの祖父が隠した。澄江を立派な人間にしすぎるな、と言ってな。あいつは怖がっとったし、泣いとったし、町で何度も帰りたいと書いとった。そんなものまで飾り棚に置くな、とな」 結人は祖父の書斎へ走った。納屋の道具箱ではない。祖父が毎晩座っていた机の脇、使われない火鉢の下に、妙に新しい板が一枚ある。外すと、油紙に包まれた数枚の紙が現れた。祖父は隠し場所まで不器用に分かりやすい。 頁には、震えた筆跡で残されていた。 澄江は行く。強いからではない。ここに残る者の前で、弱いと言えぬだけだ。 その下に、小さく続いていた。 帰りたい時は帰れ。だが、帰れる場所をなくすな。 結人は紙を両手で持った。祖母は村を捨てた英雄ではなく、怖さを抱えたまま、村と町の間に細い橋を架けた一人の少女だった。その橋を、たくさんの人が渡ったのだと、ようやく分かった。
百年後の転校生は独りじゃない
小説ID: cmu1dduu0002k01mzp5v4k32m
8 / 10
