chapalette Logo

百年後の転校生は独りじゃない

小説ID: cmu1dduu0002k01mzp5v4k32m

9 / 10

祖父の欠けた頁は、夕方まで結人の手の中にあった。 澄江は行く。強いからではない。ここに残る者の前で、弱いと言えぬだけだ。 何度読んでも、祖母らしくないようで、いちばん祖母らしかった。味の薄い味噌汁を出して健康的だと言い張った人は、きっと寂しい時にも、平気だと言い張ったのだ。 続く頁には、町へ出たあとの祖父の記録があった。 澄江から手紙。工場の寮は狭い。夜、山の夢を見る。 送った鉛筆が足りるか心配している。 帰りたいと書いて、最後に線で消してある。 結人は消された文字の跡を見つめた。祖母は村を守るために町へ行った。けれど、村を離れたかったわけではない。誰かのために選んだ道でも、歩く本人の足が痛くならないわけではないのだ。楢ノ沢の坂道と同じで、景色がきれいでも膝には容赦がない。 祖父は最後に、こう記していた。 澄江が帰る場所を残す。それが残る者の仕事だ。 結人は弁当箱を開き、交換日記の最後の頁を開いた。祖母の字で、まだ、つづく、と書かれた次の白紙だった。ペンを持つ手が少し震えた。 俺は春から町の高校へ行く。知らない人ばかりの場所で、ちゃんと笑えるか分からない。居場所がなかったらどうしようと思う。 でも、ばあちゃんみたいに、怖くても誰かを支えられる人になりたい。楢ノ沢のことを、町で話せるようになりたい。 帰ってこられる場所があるから、行ってみる。 書き終えると、紬が隣から覗き込んだ。 「急に真面目。熱でもある?」 「感動を台無しにする才能があるな」 「配信向きの言葉にすると、未来へ届く弁当箱、かな」 結人は蓋の宛名を見た。百年前の転校生へ。その文字は、もう昔の誰かだけを指してはいなかった。山から町へ、町から山へ、新しい場所へ向かいながら、帰る場所を忘れない者たち。その全員が、弁当箱の届け先だった。 「これ、未来の転校生たちに返すんだ」 紬は頷き、カメラの電源を入れた。窓の外で、山の向こうの町へ続く道が、夕日に細く光っていた。

Share:

LINE