祖父の帳面を抱えたまま、結人は弁当箱を何度も裏返した。追い出されたのだとしたら、祖母はなぜこれを帰してほしいなどと書いたのか。答えの代わりに、底板がかすかに鳴った。 「そこ、外れるよ」 いつの間にか背後にいた紬が、カメラを脇へどけて言った。祖母の家は、人の背後に現れる技術まで受け継いでいるらしい。 弁当箱の内側を押すと、薄い底板が爪ほど浮いた。結人が慎重に持ち上げると、油紙に包まれた小さな帳面が三冊、きっちり重なっていた。百年前の弁当箱は、見た目よりずっと口が堅い金庫だった。 一冊目の表紙には、幼い祖母の字で澄江とある。ページを開くと、分校の子供たちの言葉が交互に並んでいた。 町の先生が、山の子も町の学校の話を知るといいと言った。 今日の算数は難しかった。そっちは雪か。 末尾には、何度も同じ呼び名が書かれていた。 転校生さんへ。 紬が息をのんだ。転校生とは、実際に誰かが転入した話ではなかった。山の分校と町の学校のあいだで、手紙や課題を運ぶ役目を引き受けた子供たちの呼び名だった。学校を行ったり来たりするから、みんなまとめて転校生。ずいぶん大ざっぱだが、楢ノ沢らしい。 二冊目には、町へ移った祖母の筆跡が続いていた。相手の文字は、まだ丸くて大きい。結人の母のものだった。 今日、村から届いた問題を解いたよ。 こっちは商店街で迷った。山より人が多い。 祖母は町で働きながら、学用品の値段や新しい教科書の話を弁当箱に忍ばせ、村へ送り続けていた。母は休みのたびに箱を持ち帰り、村の子供たちからの返事を受け取っていたのだ。 追い出された人が、こんなふうに何十年も言葉を運べるだろうか。 結人は三冊目へ手を伸ばしかけて、止めた。表紙には、祖母の字でただ一言だけ書かれていた。 まだ、つづく。
百年後の転校生は独りじゃない
小説ID: cmu1dduu0002k01mzp5v4k32m
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