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追憶端末、最初の挨拶

小説ID: cmu2stum1002z01mzfcb0mwpe

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直人は書類を元の位置へ戻し、受付の壁時計を見た。四時三十六分。面談を止めるなら、この場で待つべきだった。けれど、何を止めるのかを知るには、契約後の自分が誰のために働いてきたのか確かめたかった。 配送車に戻り、保存された古い配送順を開く。五年前の記録には、今とほとんど同じ区域が並んでいた。最後から二件目、雨避けのある古い平屋へ向かう。玄関脇の植木鉢の下に、色褪せた透明板が置かれていた。 雨の日はここへ。新聞受けは濡れます。 細い字で書かれたそのメモの隅に、直人の社員番号がある。今の自分は、雨が降るたび迷わず荷物を植木鉢の脇へ置いていた。住人が頼んだのか、自分で気づいたのか、その最初だけが曖昧だった。 次の集合住宅では、耳の遠い住人の郵便受けに小さな磁石付きの板が貼られていた。呼鈴ではなく扉を三回、受領は筆談で。板の裏には、筆談用紙の補充場所まで記されている。配送端末の注意欄より細かく、整った文字だった。 直人が紙をめくっていると、管理人が顔を出した。 「あんた、前の人かい。いつも急がせなくて助かったよ」 前の人、という呼び方に直人は息を詰めた。管理人は首を傾げ、それ以上を思い出せない様子で奥へ引っ込んだ。 センターへ戻る途中、同僚の真壁を見つけた。五年前の真壁は今より若く、積み残しの箱を前に伝票を睨んでいる。 「この順番、誰が組んだんですか」 直人が端末を示すと、真壁は画面を覗き込んだ。 「たぶんおまえだろ。坂の上を先に回って、帰りに駅前をまとめる。俺の区域と重ならないから助かってた」 たぶん、という言葉が引っかかった。真壁は続けた。 「ただ、急にそうなったんだ。前は自分の分しか見てなかったのに」 車内で利用記録を照合すると、配送順が変わり始めたのは契約日の翌日だった。筆談メモの補充指示も、雨避けの注意も、すべてその後に登録されている。 だが最初の雨避けメモだけは、契約日の三日前の日付だった。自分の番号もある。借りた人格の癖だけでは説明がつかない。直人は濡れない場所を、契約前から選んでいた。 時計は四時四十分を過ぎていた。旧支店へ戻れば、担当者は待っている。直人はハンドルを握ったまま、配送先に残した小さな文字を思い返した。失うものは家族の顔だけではない。だが、すべてが誰かから借りたものとも、まだ決まっていなかった。

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