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追憶端末、最初の挨拶

小説ID: cmu2stum1002z01mzfcb0mwpe

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旧支店へ戻る途中、直人は車載端末の保管領域に残る、契約前日の通話記録を見つけた。相手は母だった。発信は三回、着信は七回。最後の一件だけ、短い音声が保存されている。 再生すると、母は低い声で言った。 「家賃のことなら、お父さんと話すから。帰ってきて」 その後に入った自分の声は、知らない男のものに思えた。 「今さら家族ぶるな。俺のことを何もわかってないくせに」 母は何か言いかけ、直人は通話を切っていた。 記録には、さらに古いメッセージもあった。父からの、仕事を辞めたことを責める言葉。妹からの、食事だけでも一緒にしようという誘い。どれも優しいとは言えないし、肝心なところで互いに言葉が足りていない。だが、直人は届いた連絡に返事をせず、たまに返した言葉だけは鋭く相手を傷つけていた。 面会希望なし、と書いたのは家族に拒まれたからではない。会えばまた責められると決めつけ、自分から扉を閉めたのだ。 旧支店の前には、契約担当者が立っていた。時計は四時四十三分を示している。担当者は直人の顔を見るなり、予約の確認をしようとした。 直人は答えず、車内の画面を見た。譲渡対象の一覧には、食卓の湯気、妹の笑い方、父の大きな手、母が呼ぶ自分の名が並んでいる。その下に、人格履歴補助の候補として、他者の予定を先読みする傾向、対話時の抑制、感情の整理、とあった。 これを止めれば、あの家族の顔は失わずに済む。けれど、契約の翌日から増えた細かな気遣いも、真壁を助けた段取りも消えるかもしれない。 それでも雨避けのメモだけは、契約の三日前からあった。直人は画面を閉じた。 借りたものがあるとしても、最初から何も持っていなかったわけではない。その小さな確かさが、署名の時刻へ向かう足を止めた。

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