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北稜アーカイブは、山あいの町を見下ろす古い研究棟の地下にあった。私が新人学芸員として着任した日に、入口の掲示板には閉鎖まで残り二十八日と貼り出されていた。 「展示品は今週中に搬出判定。迷ったものは保留箱へ」 引き継ぎ担当の職員はそう言って、鍵束だけを私に預けた。人手不足らしく、歓迎の言葉より段ボールの数のほうが多い職場だった。 夕方、私は民俗展示室の隅で、台帳にない面を見つけた。黒ずんだ木肌に、笑っているのか泣いているのかわからない細い口。額には、消えかけた朱の線が一本だけ走っている。展示ケースの札には由来不明、調査継続中とあるが、記入日は十年前で止まっていた。 ケースの脇には、古びた調査票が落ちていた。担当者欄には榊とだけある。北稜で十年前に消息を絶った前任学芸員の名だと、昼休みに聞いたばかりだった。 搬出対象の一覧に面はなかった。保留箱へ移そうとして持ち上げると、内側に薄い紙片が貼られているのに気づいた。読めたのは、守る者、替わる者という二つの言葉だけだった。 その夜、展示の状態を写真に残すため、私は誰もいない室内へ戻った。面の輪郭を確認したくなり、ほんの数秒だけ顔に当てた。冷たいはずの木が、掌の体温を吸うように馴染んだ。次の瞬間、遠くで金属の扉が閉まる音がした。 翌朝、見慣れない机で目を覚ました。指は節ばって大きく、腕時計は十年前の日付を示している。机の引き出しには、私が昨日見つけた面の調査票と、榊と記された職員証があった。 窓ガラスに映った顔は、資料室の古い集合写真で見た、失踪したはずの男のものだった。
