搬出業者が到着する前に、榊は私の端末の前で固まっていた。 「この申請書は、紙に書けば済む内容だろう」 「送信しないと理事室に届きません。そこを押して」 榊は慎重に画面へ指を近づけたが、顔認証の表示が赤く光った。十年前の榊の意識が、私の顔で眉をひそめる。 「本人なのに拒まれるとは、ずいぶん失礼な仕組みだ」 「本人の顔だから通っているはずです。問題はたぶん、その険しい顔です」 私が言うと、榊は不本意そうに口元をゆるめた。ようやく認証が通り、搬出目録が開く。資料番号は整然と並んでいたが、榊の指が途中で止まった。 「二四八一から二四八七まで飛んでいる」 欠番の欄には、統合済み、とだけ記されていた。統合先の番号も担当者名もない。しかも削除申請は、閉鎖を急がせる理事の承認印だけで通っている。 「七点なら、箱一つ分です」 「封印資料は、複数に分けて保管する予定だった」 榊の声が低くなった。彼は搬出延期の申請を送信し、私の予定表に勝手に空白を作った。 そのころ私は、榊の机の二重底から小さな手帳を見つけていた。頁の端には、姉のノートと同じ資料番号が走り書きされている。古い村の聞き取りを写した頁には、面の伝承が残っていた。 記録を次代へ渡す者の声を交換する。忘れられる前に、名ではなく役目を継がせる。 声とは意識のことなのだろうか。面は気まぐれに人を奪うものではない。資料の行き先を知り、守ろうとする者を選んだのかもしれない。 手帳にはさらに、朝霧は山の名を、の下に薄く続きがあった。山の名を隠す扉は、数を失った棚へ通ず。 私は榊へ写真を送った。すぐに返信が来る。 欠番は棚番号かもしれない。旧民俗庫へ行く。君は姉のノートを持て。 短い文なのに、十年越しの焦りが滲んでいた。私は榊の鞄から鍵束を取り出す。錆びた鍵には、二四八七と刻まれていた。
北稜アーカイブ、時を継ぐ面
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