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北稜アーカイブ、時を継ぐ面

小説ID: cmu735ax1000h01mzy4k5sdmn

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理事室へ戻ると、理事は共有された決裁履歴を前に、長く黙っていた。真壁が保存評価の再開を求め、西田が閉鎖計画の再計算を示す。再評価費を削った帳簿は、手続きを省いたからこそ成立した数字だった。 「廃棄は停止します」 理事はようやく言った。「七箱を含む未整理資料を保全し、外部の評価者も入れる。閉鎖計画も見直します」 勝ったというより、当然あるべき場所へ書類が戻ったような声だった。榊は私の身体で小さく息をつき、展示室の面へ視線を向けた。 面の裏紙には、煤の下から新しい文字が浮かんでいた。帰る者は、失ったものを名で呼べ。守る者は、渡す先を告げよ。二人で面を持ち、額の朱線を重ねる。 私たちは閉館後の展示室で向かい合った。榊の身体を借りた私が面を持ち、私の身体の榊が朱線へ指を添える。 「姉が町を去ったとき、私は研究も私も置いていかれたと思っていました」 声は榊のものなのに、胸の痛みは確かに私のものだった。 「でも姉は、次に読む人のためにノートを残した。私はそれを、閉じたまま持っていたくない。読める形にして、この町の人にも、これから来る人にも渡します」 榊は目を伏せた。 「私は十年前の同僚も、戻るはずだった時間も失った。資料を守ることを理由に、一人で抱えた」 それから私を見た。 「だが、記録は一人の所有物ではない。君の姉の方法で整理し、皆が確かめ、語り直せる場所をつくる。私もそこへ参加する」 朱線がかすかに鳴った。木の面から淡い温もりが広がり、展示室の棚も窓も白い水面の向こうへ遠ざかる。 次に目を開けたとき、私は自分の細い指で面を支えていた。向かいでは榊が、自分の手を何度も握り開いている。 「戻りましたね」 私が言うと、榊は十年ぶりの朝を確かめるように笑った。 面の口は、もう笑っているのか泣いているのか、私にはわからなかった。

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