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谷の影が呼ぶ真実とは

小説ID: cmu8illhe000w01mz0aj67rke

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白雨では、霧の濃い夜に谷を見てはいけないと決まっていた。 谷は、人が胸の奥に隠した過ちを嗅ぎつける。そうして見つけたものの影だけを、霧の向こうへ招くのだと、祖母は囲炉裏の火を細めながら紬に教えた。 「影を呼ばれた人は、朝まで家を出ちゃいけないよ。帰り道を忘れた影は、持ち主の記憶まで連れていくからね」 十三歳の紬は、その話を怖がりながらも信じていた。白雨の谷では、月のない晩になると、霧が生き物の息のように斜面を這い上がるからだ。 その朝も、村は夜霧の冷たさを残していた。井戸へ水を汲みに行った紬は、広場の石段に座る見知らぬ男を見つけた。濡れた外套を肩にかけ、泥だらけの靴先を見つめている。旅人らしい革袋が隣に置かれていた。 けれど、朝日が石畳を照らしているのに、男の足元だけが明るかった。 影がない。 紬は水桶の柄を握りしめた。男は顔を上げ、困ったように笑った。 「ここは、白雨という村ですか」 声はかすれていた。「たぶん、私は昨夜、谷の近くを歩いていた。けれど、どうしてそこにいたのか……思い出せないんです」 周りに集まった大人たちが、低い声でざわめいた。 「祠を焼いたよそ者だ」 「火事の晩に谷へ逃げたんだろう」 「影まで取られたなら、罰を受けたに決まってる」 先月、谷口の古い祠が焼けた。火は小さなうちに消されたが、供え物も柱も黒く焦げ、村長は旅人の火の不始末だと言った。それ以来、村には見回りが増え、よそ者を泊める家もなくなっていた。 男は責める声に肩を縮めた。 「火を見た気はします。でも、私がつけたのかは……」 言葉がそこで途切れた。彼は自分の手のひらを眺め、そこに答えが書かれているかのように眉を寄せた。 紬には、彼の曖昧さが嘘には聞こえなかった。影を失えば、記憶も薄れる。祖母の言葉どおりなら、この人は罰を受けた罪人ではなく、谷に何かを取られた人なのかもしれない。 霧の残る谷から、ひやりとした風が吹いた。紬は誰にも聞こえないほど小さな声で、旅人に尋ねた。 「あなたの名前は、覚えていますか」 男は長く黙り、それから首を横に振った。 広場の石畳には、集まった村人たちの影だけが、朝の光よりも濃く伸びていた。

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