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翌朝、紬は旅人の鈴を包んだ布を胸に入れ、焼けた祠へ向かった。谷口には巫女の澪がいた。煤けた柱へ白い紙垂を結び、風もないのに揺れる霧を見つめている。 「祭りまで、あと六日よ」 澪は紬の手元の膨らみに気づいても、問いたださなかった。 「影が谷に留められたまま祭りの日を迎えれば、霧は谷口では止まらない。村の中まで来て、隠されたものを探すわ」 紬は旅人が火をつけたのか尋ねた。澪は答えず、焼け跡の奥を見た。その横顔には、祈りよりも迷いが濃かった。 祠の裏手では、炭焼きの源蔵が灰を木の匙ですくっていた。黒い指で灰を広げると、その中に琥珀色の小さな塊が現れた。 「松脂だ。よく燃える。雨の晩でも火を起こしたい者は、松明に塗る」 源蔵は塊を爪先で砕いた。甘く青い匂いが、焦げた木の匂いに混じった。 「旅人の焚き火なら、谷の湿った薪じゃろう。ここまで松脂が残る燃え方にはならん」 「じゃあ、火をつけたのは別の人?」 「決めつけるな。ただ、皆が早く答えを欲しがりすぎとる」 源蔵は谷を指した。朝の光を受けても、谷底だけは薄暗い。 「谷が招くのは罪人そのものじゃない。皆で見ないふりをした真実の影じゃ。見ぬふりが重なるほど、霧は腹を立てる」 紬は布包みを取り出した。濡れた鈴を源蔵の掌に乗せると、老人の目が細くなった。鈴の雨紋の溝には、松脂と同じ琥珀色が、わずかに詰まっていた。 そのとき、祠へ続く石段の上で、母の葉月が立ち尽くしていた。紬と目が合うなり、葉月は青ざめて背を向けた。裾を翻した足元の影だけが、逃げ遅れたように黒く揺れていた。
