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卒業式に席は足りるか

小説ID: cmu9y0v5e001b01mzc7iuuywf

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榊は通知の画面を伏せたまま、何度も電源の入れ直しを試みた。しかし細い電波表示は一瞬として戻らず、送信欄に打ち込まれた管理室宛ての文面だけが、むなしく残った。 「内線は」 岸本の声に促され、榊は舞台袖の壁へ向かった。古い受話器を持ち上げ、管理室の番号を押す。耳に届いたのは呼び出し音ではなく、深い空洞を叩くような雑音だった。玲子も自分の携帯を高く掲げ、客席の通路を歩いたが、画面の表示は変わらない。 真琴は壇上の端に立ち、黒い客席を見渡していた。明日の朝には同級生たちが座る場所だった。進学を祝うための椅子が、今は誰かに見張られているように思えた。 岸本は再び非常口へ近づいた。表示板の赤い灯りの下に、先ほどは気づかなかった文字列がある。施錠中の表示とは別に、小さな緑の文字が明滅していた。 予約運用。二十一時から六時。 「どうしました」 榊の問いに、岸本はすぐ答えなかった。会館の設備には詳しくない。だが、ただの故障なら、時刻を区切った予約表示など出るはずがない。卒業式前夜、学校関係者が残る時間を知り、講堂の扉だけをこの設定にした者がいる。 湊の名が脳裏に浮かんだ。 最後に会った日の、あの少年の横顔も。支援制度の書類が期限に間に合わなかったことを告げたとき、岸本は手続きを急ぐと言った。けれど真琴の申請に必要な確認を優先し、湊の訴えを後回しにした。何もかもを失わせる判断ではないと、自分に言い聞かせながら。 「表示の不具合かもしれません」 岸本はそう言って、表示板から身を離した。 玲子は娘の隣へ行き、震える指で真琴の手を包んだ。「ここを出たら、すぐ帰りましょう」 真琴はうなずいたが、その目は扉ではなく、舞台上の暗幕へ向いていた。 そのとき、どこかで小さな駆動音がした。照明卓のほうから、一つだけ白い灯りが落ちる。客席の中央、誰も座っていない一脚を、まっすぐに照らしていた。 岸本は予約表示のことを、なお胸の奥へ押し込めた。

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