講堂の奥で動き始めた装置は、客席の壁際に据えられた小さな昇降幕だった。布が静かに上がると、その向こうから会館の廊下がのぞいた。扉はなお赤い灯を点けたまま閉ざされている。外へ出る道ではなく、舞台をつくるためだけの隙間だった。 昇降幕の内側には、演劇部の小道具が並べられていた。紙でつくられた家、ひびの入った王冠、夜空を塗った背景板。その中央に、四つの封筒が置かれている。 榊は自分の名の封筒を開いた。中には一枚の紙と、地域の学び直し制度について記した古い案内書が入っていた。紙には、短くこうあった。 知らないことを、本人の諦めだと思わないで。 榊の指が止まった。 「湊君は、退学を望んでいたわけではありません」 声は低かったが、講堂の隅まで届いた。 「学校に通い続けることが難しいなら、地域の学び直し制度へ移る方法がありました。学ぶ場所を変えて、資格を取り直す道もあった。本人は、その話を聞きたがっていた」 岸本が顔を上げる。榊は案内書の折り目を撫でた。 「私は制度の存在を知っていました。だが、校内の手続きではないからと、担当へ回すだけで済ませた。湊君が来られなくなった時点で、選択肢まで失ったものと決めつけたのです。十分に案内しなかった。声を聞く前に、学校から去る者として処理した」 真琴は小道具の紙の家を見た。窓だけがくり抜かれ、向こうの暗がりが見えている。 岸本の封筒には、白紙が一枚だけ入っていた。何も書かれていない紙を前にして、彼はしばらく言葉を失った。 「私は、真琴さんのことを自分だけで抱え込んだ」 やがて岸本は言った。 「制度の担当にも、校長にも、玲子さんにも、期限の不備を早く伝えるべきだった。助けを求めれば、この子の可能性まで消える気がしていた。でも黙ったことで、私しか判断できない形にしてしまった」 白紙を握る手から、力が抜けていく。 「私が守ろうとしたのは真琴さんではない。失敗した教師だと見られたくない、自分だったのかもしれません」 玲子はすぐに慰めなかった。真琴もまた、黙っていた。その沈黙は責めるためではなく、今まで誰かの言葉に隠されていた選択を、目の前へ戻すための時間だった。 すると、舞台の壁面に新しい文字が映った。 明日の席を、誰のために残しますか。 復讐の言葉なら、もっと鋭く傷つけられただろう。けれど残されていたのは、逃げ道を塞ぐ問いだった。岸本はようやく理解した。湊は四人を罰するために閉じ込めたのではない。誰か一人に救いを任せ、誰か一人に諦めを背負わせる場所を、ここで終わらせるために、この夜を舞台にしたのだ。
卒業式に席は足りるか
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