青白い光は舞台の床をなぞり、照明卓の下に隠れていた古い操作盤を浮かび上がらせた。台本の背表紙には、かすれた矢印と、幕を開ける、という短い指示がある。 「動かしてもいいのでしょうか」 真琴が尋ねた。榊は操作盤の配線を確かめ、ゆっくりとうなずく。 「非常用の制御とは切り離されています。少なくとも、ここから扉は開かない」 岸本がためらいながらレバーを引いた。重い機械音とともに暗幕が左右へ退き、白い壁面が現れる。次の瞬間、天井の投影機が灯った。 映ったのは、学校の廊下だった。 雨の日の窓際で、湊がノートを広げている。その隣で真琴が傘を畳み、何かを差し出していた。写真は静かに切り替わる。図書室の机を挟んで笑う二人。文化祭の準備で、段ボールの看板を持ち上げる二人。夕暮れの昇降口で、俯く湊の背に真琴が言葉をかけている一枚。 玲子は娘を見た。「湊君と、こんなに」 「勉強、教えてもらってた」 真琴の声は、映像の光に溶けそうだった。 「湊くんも、私が家のことで遅くまで残れないとき、ノートの写真を送ってくれた。進学のこと、怖いって言ったら、一緒に怖がればいいって」 壁面には、部室らしい場所で撮られた写真が映った。湊は舞台用の月の模型を抱え、隣の真琴は親指を立てている。写真の下に、手書きの文字が現れた。 ひとりで決めない。 真琴は息を詰めた。 「私は知ってたのに」 誰も口を挟まなかった。 「湊くんが、家のことでも進路でも困ってたこと。相談室の前で待っていた日、声をかけた。でも、先生がいるから大丈夫だと思った。私まで助けを求めたら、私の書類のことを言われる気がして、逃げた」 涙は落ちなかった。真琴は壁の中の笑う自分を、まっすぐ見つめた。 「湊くんがいなくなってからも、連絡しなかった。私だけ先へ行くのが怖いって言いながら、本当は、置いていく側になるのが怖かった」 岸本は投影機の低い駆動音を聞いていた。責める言葉は、どこにも映らない。ただ、二人が互いを支えようとしていた時間だけが、容赦なく残されている。 最後の写真には、舞台袖の湊が写っていた。こちらへ向けた掌の横に、小さな文字があった。 まだ話せるなら、次はひとりにしないで。 その直後、照明卓の青いランプがすべて点り、講堂の奥で別の装置が動き始めた。
卒業式に席は足りるか
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