白い灯りの下にある椅子へ、真琴はゆっくり歩いた。座面には何もない。ただ、そこだけが卒業式の来賓席のように明るく、周囲の闇を際立たせていた。 「管理室へ行く通路を探します」 岸本は舞台袖の収納棚を開けた。懐中電灯、延長コード、使いかけの養生テープ。救いになりそうな物を探す手つきが、かえって彼の焦りを示していた。榊は照明卓を調べ、非常灯だけでも点けられないかとスイッチを動かす。しかし反応したのは、客席中央の一灯だけだった。 「真琴」 玲子の呼びかけに、娘は椅子の背へ触れたまま振り返った。 「私、進学していいのか分からない」 冷えた講堂に、その声はあまりにも小さく落ちた。 「行きたいって言っていたじゃない」 「行きたい。でも、私の書類のために、誰かの順番が後になったんでしょう」 岸本の手から懐中電灯が滑り、床に鈍い音を立てた。玲子は一度、彼を見た。責めるための視線だったはずなのに、その奥には長い疲労があった。 「私は何度も岸本先生に相談しました。家のことも、お金のことも。この子が諦める顔をするのが怖かったから」 玲子は真琴の肩を抱いた。 「先生は、できることをすると言ってくれた。だから私は、それ以上を聞かなかった。聞けば、先生を追い詰めると思ったから」 「お母さんは悪くないよ」 「悪いとか、悪くないとか、それだけで済ませてはいけないんです」 榊が低く言った。照明卓の前に立つ姿は、壇上で祝辞を述べる校長とは別人のようだった。 「学校として必要な手続きは踏みました。期限の通知も、面談の記録もあります」 その言葉は整いすぎていて、誰の体温も持たなかった。榊自身も気づいたのか、唇を結ぶ。 「けれど、手続きを踏んだことと、声を聞いたことは違う」 岸本は床の懐中電灯を拾い上げた。「湊には、待ってくれと言いました。真琴さんの確認が先だと。彼なら分かってくれると、勝手に思った」 真琴は首を振った。 「私も、受かれば全部よくなるって思ってた。卒業したら、ここで置いていかれる人のことなんて見なくて済むって」 その瞬間、白い灯りが消えた。代わりに舞台袖の奥で、金属製の扉がわずかに軋んだ。四人は息を止め、暗闇の向こうを見た。
卒業式に席は足りるか
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