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卒業式に席は足りるか

小説ID: cmu9y0v5e001b01mzc7iuuywf

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岸本は相談記録を棚へ戻さず、その場に立ち尽くしていた。懐中電灯の光が、湊の名の上で細く震えている。 「朝まで、ここで凍えているわけにはいきません」 榊が低く言い、倉庫の奥へ進んだ。壁際には防災用品の箱が積まれ、その脇に丸められた毛布があった。真琴と岸本が運び出し、玲子は非常用ライトを数えた。小さな灯りが客席の前列に置かれると、暗い講堂はかろうじて人のいる場所に戻った。 毛布を肩へ掛けた真琴の前で、玲子は岸本を見た。 「先生は、この子を守ったつもりだったんですよね」 岸本はうなずくこともできなかった。 「でも、守ることと、この子に選ばせることは違います」 玲子の声は静かだった。「私は、この子が苦労しない道だけを探してきました。先生に頼れば何とかなると。けれど、それは真琴が自分で知って、迷って、決める機会まで奪うことだったのかもしれない」 「申し訳ありません」 「謝って終わりにしないでください」 玲子はきっぱり言った。「真琴の書類を正してください。そして次に同じ場所へ来る子には、待っていればいいなんて言わないで」 岸本はようやく顔を上げた。「必ず、そうします」 真琴は毛布の端を強く握ったまま、壇上を見つめていた。卒業証書筒の並ぶ机は、遠い場所のものに見えた。 「私、進学したい」 玲子が息をのむ。 「お母さんを安心させたいからじゃない。先生に期待されたからでもない。勉強して、知らない場所へ行ってみたい。怖いけど、自分で決めたい」 その言葉は震えていたが、途中で消えなかった。 「もし支援が受けられなくても、別の方法を一緒に探したい。湊くんみたいに、誰にも言えないまま諦めるのは嫌」 榊は客席の通路に置かれた非常用ライトを見た。 「湊君が進路を断念したとき、学校は書類の不足と面談の欠席だけを見ていました」 校長の声には、初めて役職ではない重さがあった。 「事情を聞くべきだった。来られない理由を尋ね、来られる場所を用意すべきだった。形式を守れば責任を果たせると思い込んだのです」 講堂のどこかで、舞台照明の機械が小さく鳴った。誰も触れていないのに、舞台上へ淡い青白い光が落ちる。四人は光の先を見た。幕の足元に、小さな封筒が一通だけ置かれていた。

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