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卒業式に席は足りるか

小説ID: cmu9y0v5e001b01mzc7iuuywf

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封筒の表には、宛名も差出人もなかった。真琴が拾い上げると、内側には照明卓を指す矢印だけが描かれていた。 榊が卓の脇へ回る。使われていないはずの操作盤には、青いランプが細く灯り、その上に一冊の台本が置かれていた。色褪せた表紙には、演劇部卒業公演とある。湊が在籍していた年のものだった。 岸本が頁を開く。終幕の台詞が書かれるはずの余白に、座席番号と時刻が四組、手書きで並んでいた。 二十一時三十分、中央通路左、十二番。 二十一時四十分、前方右、七番。 二十一時五十分、最後列中央、二十二番。 二十二時、舞台正面、一番。 「さっきの灯りは、これに従っていたんですね」 真琴の声に、誰も否定しなかった。時刻はすでに二十一時五十分を過ぎている。四人は示された席へ散った。非常用ライトの淡い輪の中で、椅子の下を探る。座面の裏に、細く折られた紙がテープで留められていた。 玲子は十二番の紙を開き、しばらく読めなかった。やがて、掠れた声で書かれた一文を読んだ。 「助けてくださいと、もっと早く言えばよかった」 それは、娘の前では決して口にしなかった言葉だった。玲子は紙を胸元で握り潰しかけ、そっと開き直した。 真琴の紙には、こうあった。 「私だけ先へ行くことが、ずっと怖かった」 真琴は唇を噛んだ。「誰にも言ってない」 岸本は最後列で立ち尽くしていた。二十二番の下から見つけた紙には、短い文字が残されている。 「私は、待たせた人の顔を見ないようにした」 自分の筆跡ではない。それでも、その一文は誰より正確に岸本を裁いていた。 榊は舞台前の一番席から、最後の紙を持ち帰った。そこには、校長室で一度だけ喉元まで出て、飲み込んだ言葉が記されていた。 「規則を守っただけでは、誰も守れなかった」 四枚の紙を照明卓の上へ並べると、青いランプが一つずつ増えた。台本の最終頁には、いつの間にか次の文字が浮かんでいた。 話す人がいない場所では、正しい書類も救いにならない。 岸本は台本の綴じ目に挟まれた会館職員用の通行証を見つけた。発行日付は今日で、裏面には湊の名があった。 「湊君が、ここへ来ている」 榊の言葉と同時に、客席を照らす青白い光がゆっくりと舞台へ集まった。閉じ込めるための灯りではない。誰にも見えなかった言葉を、逃げ場のない場所へ並べるための灯りだった。

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