chapalette Logo

眠れる探偵こそ王だ

小説ID: cmubdgtjf001q01mzcsa72ky2

1 / 10

王妃が消えた夜から、一年が過ぎた。 古代王国ナバルの都は、追悼式の朝だというのに、祝いの日よりも早く目を覚ましていた。白い布を掲げた人々が王宮へ続く道を埋め、香の煙が乾いた風にほどけていく。 その喧騒から二本ほど路地を入った探偵事務所で、ラズは長椅子に沈んでいた。 「探偵殿、起きてください! 王宮からの急使です!」 戸を叩く音より先に、靴音の切迫ぶりで用件を嗅ぎ取ったラズは、片目だけを開けた。 「火事か、密室か、それとも盗難か」 「王冠が……王家の王冠が消えました」 ラズは毛布を顔から外した。 「昼寝の最中に盗難とは、犯人はずいぶん無作法だ」 王宮の大広間は、式典の直前とは思えないほど凍りついていた。祭壇の中央には、王冠を載せるはずだった黒檀の台座がある。深紅の布だけが残され、布の中央には、重い物を置いた際にできる円いへこみすらなかった。 「昨夜、私が封印を確かめた」 低い声で言ったのは、大臣ザハルだった。銀糸の刺繍が施された衣の袖を、彼は胸元で整えている。 「鍵は三つ。私、近衛隊長、そして神官長が一本ずつ保管していました」 ラズは台座の脇に膝をついた。床には花びらが散り、その中に、香油とは異なる甘い匂いが一筋だけ混ざっている。だが調べようとした瞬間、神官たちがざわめいた。 祭壇の奥に据えられた涙石が、青く光り始めたのである。 王家に伝わるその石は、王妃が失踪した夜にも同じように輝いたという。透明な石の内部で、ひとしずくの青が脈打っていた。 「近づくな」 ザハルの制止は遅かった。ラズは石の表面に、細い指跡のような曇りを見つけていた。王冠の件と無関係とは思えず、そっと指先を触れた。 冷たさが腕を駆け上がり、広間の音が遠のく。白布も、人々の顔も、青い光に溶けた。 次に目を開けたとき、ラズは見知らぬ寝台に横たわっていた。天蓋には金の鳥が縫い取られ、窓辺には十年前の日付を刻んだ、止まったままの水時計がある。 駆け寄った侍女が、青ざめた顔で叫んだ。 「アシル殿下……! 殿下がお目覚めに!」 ラズは起き上がり、磨かれた銀盆に映る顔を見た。 そこには昼寝好きの探偵ではなく、十年前に行方不明となった王子アシルの顔があった。

Share:

LINE