ザハルは扉を開けるなり、膝をついた。 「十年ぶりの御帰還、王国の光でございます」 声は慇懃だったが、視線はラズの顔から一度も離れなかった。失われた王子が本物かどうか、喜ぶ前に値踏みしている目だ、とラズは思った。 その日のうちに、ラズは王子の衣を着せられ、評議会の席へ連れて行かれた。円卓を囲む貴族たちは、驚きと警戒を隠せずにいる。祭壇の王冠がないまま追悼式は延期され、都には不安が広がっているという。 「ゆえに再建事業の指揮権を、非常時のあいだ私に集めていただきたい」 ザハルは地図の上へ手を置いた。干上がった用水路、崩れた外壁、空欄の多い穀物倉の帳簿。王妃の失踪後、復旧の遅れた場所ばかりが赤い印で結ばれている。 「資材の配分、人夫の徴用、各門の通行許可までを一元に。民を守るには、迷っている暇はありません」 反対した老評議員に、ザハルは静かに言った。 「王家の品さえ守れぬ今、誰が民へ安心を約束できますか」 王冠の盗難を、自らの権限を広げる杖にしている。ラズは卓上の文書へ目を落とした。再建用の石材は北の離宮近くの採石場から優先的に運ばれる予定で、その許可印にはザハルの印章だけが並んでいた。 「急ぐ話なら、帳簿を全部見せろ」 若い王子の口から出た言葉に、部屋がしんとした。ザハルは笑みを崩さず、三日後の再議を願い出た。 その頃、探偵ラズの身体にいるアシルは、市場の石畳を歩いていた。黒布を腕に結んだ果物売りの女が、供え物の白い花を籠へ移している。 「王妃様は、私の名を覚えていてくださったんです。ナディア、弟さんの熱は下がったかって」 女は花を撫でた。 香辛料商は、雨漏りする屋根のことを覚えていてくれたと言った。水運びの少年は、亡き父の名まで呼ばれたと唇をかんだ。王妃は大きな儀礼の席より、市場で人の名を尋ねることを好んだらしい。 アシルは一人ずつの話を帳面に記した。王子だったころの自分は、こんなに多くの顔が王家を見上げていることを知らなかった。 夕暮れ、事務所の窓へ白い砂を三粒並べると、祈りの間の涙石が応えた。 『ザハルは北の離宮の採石場を押さえている』 ラズの声が届く。 アシルは帳面を握った。 『王妃は、民の名前を覚えていた。消えたあとも、そのことを忘れさせたがる者がいるのかもしれない』 青い光はすぐ消えた。しかし二人の手元には、同じ北を指す白い砂と、人々の記憶という手掛かりが残った。
眠れる探偵こそ王だ
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