翌朝、ラズは王子の印を借り、王家の宝物庫へ入った。守番の老書記は、十年ぶりの主に震える手で台帳を差し出した。革表紙の帳面には、王冠の重さ、宝石の数、清めの日取りまで、几帳面な文字で記されている。 「十年前の頁を開け」 アシルが消えた月の記録までは、毎朝の封印確認が続いていた。だが翌日から三か月、王冠の欄だけが不自然に白い。他の宝物には出し入れの印があるのに、王冠だけは存在ごと帳簿から抜け落ちていた。 「誰が記録を止めた」 老書記は青ざめた。 「当時、宝物庫の管理を改めるとのお達しがありました。大臣の仮印がなければ、書き込むなと」 頁の端には、薄く消された黒い印が残っていた。今のザハルの印章と同じ、翼を閉じた鷹だった。ラズは指で空白をなぞる。十年前の失踪と王冠の管理不全は、偶然に並んだものではない。 一方、アシルは探偵事務所で助手と向かい合っていた。助手は、普段のラズなら昼寝の前にしか触れない古い依頼帳を机へ積んだ。 「王妃様が失踪の二日前、こちらへ相談に来たんです。誰にも言わないでって」 帳面の余白には、王妃の細い文字が残されていた。 『涙ではなく朝露を見よ』 「何のことだと聞いても、王妃様は窓の外を見ていました。夜明け前に消えるものほど、嘘を映すと言って」 アシルは文を写し取り、庭へ出た。朝露は葉の上では丸く澄むが、砂地ではすぐ形を失う。涙石は青い涙のように輝く。けれど王妃は、その石そのものではなく、石が照らす朝の何かを見ろと命じたのではないか。 夕刻、助手が窓辺に白砂を三粒置いた。離宮の涙石が淡く応える。 『王冠の台帳は、私が消えた翌日から空白だ。大臣の仮印がある』 ラズの声に、アシルは王妃の言葉を返した。 『朝露を見よ。涙石の光が消える夜明けに、何かが現れるのかもしれない』 石は一度だけ強く脈打った。北の離宮の庭で、夜露を受ける白い砂が、青く瞬いた。
眠れる探偵こそ王だ
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