翌日の練習前、ナギは机に残した通知をもう一度見た。優勝と予選棄権は、同じ日に仲良く並べていい言葉ではない。カイからは、まだ調べているとだけ聞いていた。 練習水槽では、担当者が浮力補助具を差し出した。 「今日はこれを胸に抱えて、壁まで進もう。顔は水につけなくていい」 黄色い補助具には、笑った魚が描かれていた。こちらの事情も知らず、ずいぶん気楽そうだった。 ナギが水に入ると、カイの脚は力強く底を蹴った。力強すぎて、目指す壁ではなく横の仕切りが近づいた。 「いったん止まって。右手で縁を持って」 指示どおりにつかまる。腕には余裕があるのに、胸の中だけが全力疾走していた。 力があっても、どこへ向けるか分からなければ泳げない。息も、吸おうと思ったときには水面の波が口元に来た。 担当者はすぐに課題を変えた。 「まずは足をつけたまま、息を吐くところから」 奨学生の身体で、水槽の底に立つ練習をする。魚の絵だけが、変わらず笑っていた。 隣の水路から選手仲間が顔を出した。 「カイ、具合悪いのか。昨日から変だぞ」 「ちょっと、調子が合わなくて」 嘘ではなかった。合わない範囲が全身と名前に及ぶだけだ。 「試験前だからって、無理するなよ」 差し出されたタオルを受け取ると、制服が肩を開き、顎を上げた。水から上がったばかりなのに、表彰台の中央にいる姿勢だった。 「服が先に合格しそうだ」 ナギがこぼすと、仲間は笑った。その笑顔に、心配が残っていた。 練習の終わり、担当者は記録板を閉じた。 「今日はここまで。次回までに、本人の状態を正式に申告してほしい。普段と違う理由があるなら、それも。分からないまま負荷は上げられない」 叱る声ではなかった。だからこそ、ナギはうなずくだけでは済ませたくなかった。 「あの、実は僕は――」 「カイ」 入口に、自分の顔をしたカイが立っていた。 「寮から呼ばれてる。先に話そう」 廊下へ出るなり、ナギは足を止めた。 「交換のこと、今言うつもりだった」 カイは周囲を見て、声を落とした。 「待って。僕が戻し方を調べてる。途中で話が広がったら、二人とも困る」 「でも、次の練習までに申告しろって」 「それまでには何とかする。お願い」 ナギは返事をしなかった。制服だけが、誰にともなく立派な会釈をした。
借りた身体、嘘の代償は退学
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