孫が店を継いだ春、私の担当は週に二度の見本整理と、月末の帳簿の照合になった。注文の相談も、外注先への連絡も、もう私を通さずに進んだ。呼ばれない午後には、妻と市場へ歩いた。 壁の分担表は孫が毎月書き直した。私の名前がない日もあった。その空白を、埋めるべき穴とは思わなくなっていた。 母のいる堰堤では、定期点検と継ぎ目の補修が続いていた。役場の報告書には次年度の費用も載っている。私はそれを読み、店の見積もりとは別の封筒に収めた。 夏の終わり、湖の水位調査で引き上げられた石について、資料館から連絡が来た。昔の船着き場に使われていたらしく、表面に荷受けの印が残っているという。 研究用の保管室で許可を得て、私は乾いた石に触れた。 「前渡しの銀貨二十枚、確かに受け取った」 男の声だった。指を離しかけたとき、別の声が響いた。 「残額は弟の名義へ。まだ受け取っていない」 少し間を置いて、名だけが届いた。 「サナト」 聞き直しても、声は続かなかった。石に残る言葉は、こちらの問いに答えるものではない。私は聞こえた順に書き、調査員に当時の荷受け台帳を探してもらうよう頼んだ。 その名は養家の帳簿にも、母の施工資料にもなかった。だが、手元の依頼書を読み返すと、送金先の追記にある「サ」と一致する。これまでは世話役の略記だと思っていた文字だった。 後日、資料館から届いた台帳の写しには、サナトの名と同じ荷受け印があった。母の依頼書に添えられた控えにも、その印は押されていた。 誰の弟なのかは、まだ確かめられない。それでも、母が託した子は私一人ではなかった可能性が、紙の上に残った。 「来週、資料館へ行くなら、木曜を空けよう」 孫は新しい分担表に私の調査時間を書き足した。代わりの見本整理は自分で引き受け、翌週は私に戻すと日付を入れた。 夕食の支度を知らせる妻の声がした。私は別の帳面に請求の言葉を写し、名の横に、受領も続柄も未確認、と記した。 古い養育分の帳簿は閉じたままだった。そこにない家族のために開いた帳面には、まだ金額さえ書けない一行が残った。
家業も介護も堰堤の補修も
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山間の集落で人間として暮らす石の人外を主人公に、養父母の時代から孫世代までを描く小説を書いてください。主人公は家業の石材店を継いだが、道路拡張で実家の撤去を迫られ、移転費と介護負担をめぐって家族と対立する。石に触れると、その石へ支払われた代金と持ち主の声が聞こえる。帳簿をたどるうち、捨てられたと思っていた実母が砂防堰堤となり、養家を守っていたと知る。税金、工事契約、未払いの世話を乾いた現実感で描き、家族との和解は役割の分担として示す。最後に、湖底の石から主人公の知らない兄弟への請求が聞こえ、新たな謎を残す。
