土曜の朝、海辺の町に着いた私は、冒険者組合の地図より先に屋台の看板を開拓した。見習い冒険者にだって休息は必要だ。特に、お腹には。 焼き貝は噛むたびに潮のうまみが広がり、揚げパンは指まで甘くした。海藻入り団子を最後のひと口まで頬張って、ようやく旅の目的を思い出す。 セナ先輩へのお礼だ。 初めての依頼で迷子になった私を迎えに来てくれた人。失敗した日には、叱るより先に温かいスープを出してくれた人。名物を買って渡すだけでは、なんだか足りない。 通りの端に、毛糸を並べた小さな露店があった。 ひと玉だけ、銀色に光っている。朝日を受けた波を、そのまま丸めたような色だった。これで小さなお守り袋を編めば、先輩の旅のお供にしてもらえるかもしれない。 「贈り物なら、包みにお名前を」 店主は編み針を添え、白い包み紙と鉛筆を差し出した。私はうなずいて、セナ、と丁寧に書いた。 紙が少し湿っていたのか、最後の線だけがにじんだ。 「一度編んだ糸は返さないこと」 代金を受け取るとき、店主はそう念を押した。 「もちろん。ちゃんと完成させます」 返事をして顔を上げると、店主は私ではなく、包みに書いた名前を見ていた。 腹ごなしに浜を歩いた。親子連れが貝殻を拾い、観光客が波打ち際で笑っている。海風に吹かれるうち、肩掛けの鞄から妙な匂いがした。 潮の匂い。けれど、目の前の海よりずっと濃い。濡れた縄を、蓋のある箱に長くしまっておいたような。 包みを確かめても、水の染みはなかった。 宿へ戻り、窓辺で編み始めたのは夕方だった。先輩に教わった通り、ひと目ずつ針を動かす。銀糸は驚くほど滑らかで、指に吸いつくようになじんだ。 廊下で、ぺたり、と音がした。 忘れ物をした客だろう。そう思ったのに、次の音がしない。扉を細く開けると、濡れた裸足の跡が三つ、私の部屋へ向いていた。 宿の誰かを呼ぼうとして、立ち上がれなかった。 編み目を増やすたび、膝の上に見えない重りが積まれていく。 窓の外では、浜の店が次々に明かりを落としていた。観光客はもう帰ったはずだった。 それなのに、波打ち際の人影だけが、数えるたびに増えていた。
先輩へのお守りが指の温もりを奪う
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