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先輩へのお守りが指の温もりを奪う

小説ID: cmw6j7cen000201lh4jlz0lvb

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呼び続けるうち、窓の外がわずかに白んだ。桟橋は消えたのに、先輩は戻らない。喉はもう、声を出すたびに痛んだ。 夜明け前の食堂で、私は手帳を開いた。灯台で写した輪の模様。その切れ目と、床に残った銀糸の影を見比べる。影は窓を抜け、町外れの岸壁へ続いていた。卓上の灯りを動かしても、その道だけは動かない。 「先輩、あそこにいるんだ」 隣で灯りを守っていた宿の主人が、窓へ目を向けた。 「陸側から行こう。何が見えても、水の上には出ないで」 主人は物置から縄を持ち出した。私の腰へ結び、自分も端を握る。編みかけの袋を鞄に入れると、中で何かが身じろぎした。確かめず、胸へ抱えた。 岸壁には、海へ背を向けた人影が並んでいた。顔は見えない。なのに、私が通るたび、肩だけがこちらへ回る。 その隙間に、先輩の横顔があった。 靴より下には暗い海がある。身体は水面に沈まず、立ったままゆっくり遠ざかっていた。 「セナ。寒かったでしょう。こっちへおいで」 食堂で聞いた声だった。すぐ耳元で響いたのに、振り返っても誰もいない。先輩がうなずきかける。 私は濡れた縁の手前に膝をついた。 「先輩、初めて一緒に野営した夜、覚えてますか。私が塩と砂糖を間違えて、先輩が鍋を焦がした夜です」 人影が、いっせいに首を傾けた。 「甘い煮込みには、パンが合うって……」 先輩の唇が動いた。 「そうです。でもパンも落として、泥を削ったら半分になって。先輩、自分の分まで私にくれたんですよ」 今度は、耳元の声が黙った。 「おかわりまで要求して……あんた、あれを」 先輩が少し笑った。遠くを見ていた目が、私を捉える。 「今もお腹すいてます。だから、一緒に帰ってください」 私は手を伸ばした。怖くないわけじゃない。縁の下から、いくつもの指に似た影がせり上がる。歯を食いしばって、手を引っ込めずに待った。 先輩の手が、私の手をつかんだ。 背中の縄が張った。主人の声とともに、二人分の身体が石畳へ転がる。人影は、誰も追ってこなかった。 先輩の靴は乾いていた。 その中で、寄せては返す波が、まだ小さく鳴っていた。

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