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先輩へのお守りが指の温もりを奪う

小説ID: cmw6j7cen000201lh4jlz0lvb

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毛糸玉を押さえると、扉へ転がろうとする動きは止まった。椅子の脚に触れた影は、そのままだ。私は編み針を抜き、銀糸の端をつまんだ。 「ひとつ、ふたつ、みっつ」 声に出して数えながら、編み目をほどく。せっかく編んだものが崩れるのは悔しい。けれど五つ目が消えたとき、腰に食い込んでいた重さが少し緩んだ。 十まで数えると、膝を動かせた。十五で、椅子から立ち上がれた。 足跡はどうなっただろう。掛け金を外し、扉を開ける。濡れた跡は敷居の前に残っていた。ほどいた数だけ減ってくれる、なんて親切はないらしい。 「夕食、持ってきたよ」 廊下の向こうから宿の主人が来た。盆の上には魚の煮込みと丸いパン。私は慌てて道を空け、礼を言った。足跡のことは、うまく口にできなかった。 主人の靴が床を鳴らした。その普通の音に、胸の奥が少しほどけた。 扉は閉めずに、針を拾う。確かめるだけ。そう決めて、先ほどと同じ数を編み直した。 五つ目で腰が沈み、十で膝が重くなった。十五になる前に、椅子の座面へ身体が押しつけられた。 糸の重さじゃない。編み目の数だ。 分かったところで、どうすればいいのかは分からなかった。 せめて形だけは整えよう。針先を慎重に動かし、斜めだった底をまっすぐにする。セナ先輩の笑顔を思い浮かべた瞬間、指が滑った。 「あ」 ひと目、針から落ちた。 拾おうとした目は、銀色の小さな輪を残して下へほどけた。直すには、せっかく整えた段を戻さなければならない。 いつもならパンをひと口かじって、仕切り直すところだ。 煮込みはまだ湯気を立てていた。器に触れれば温かいのに、糸をつまむ指先だけが冷たい。息を吹きかけても、冷たさは爪の裏に居座った。 私は糸をほどき、立てるようになってから廊下へ顔を出した。 「すみません。この足跡、見てもらえますか」 階段へ向かっていた主人が戻り、床を見て黙った。腰をかがめ、濡れた跡を順に目で追う。 「全部、裸足だね。子供のも、大人のもある」 言われて初めて、大きさが違うことに気づいた。 主人は廊下の奥を見て、それから私の部屋を見た。 「入っていく跡しかない。出ていったのは、一つもないよ」 背後で、煮込みの匙が小さく鳴った。 私も主人も、まだ廊下にいた。

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