日の出とともに宿へ戻った。主人が貸してくれた毛布を肩に掛けても、先輩の靴の中では波が鳴っていた。朝日は床まで届くのに、二人の足元だけ薄暗い。 私は机に編みかけの袋と手帳を並べた。最後の輪へ糸を通す。それだけで、本当に終わるのだろうか。 「待って。この裏、何か書いてある」 セナ先輩が包み紙をひっくり返した。 私には、にじんだ染みしか見えなかった。先輩は窓へ紙をかざし、声を落とす。 「輪を閉じ、名を記した相手に渡すこと。帰り道は、そこで閉ざされる」 袋の口を広げた指が止まった。内側の波模様が、ほどけもせずに形を変えている。銀の線が細かな文字になり、底へ向かって並んだ。 「編んだ者の指は……」 先輩に見せた。けれど、先輩にはただの編み目にしか見えないという。 私は残りを読んだ。 「その後、毛糸の手触りも、温もりも受け取れない」 二つの文を手帳に書きつなぐ。贈れば道が閉じる。その代わりに、私の指から失われるものがある。 針を持つ手を膝へ隠した。 冬の手袋。先輩の襟巻きの、頬に触れるふわふわ。そんなものを、指先ではもう確かめられない。 「贈り物は諦めよう」 先輩が紙を伏せた。 「お礼なら、もう十分もらった。こんなもの、最後まで編まなくていい」 そのとき、靴底から水が一滴落ちた。 先輩が椅子を引く。水は靴の周りで輪になった。輪の内側に、朝日とは違う赤い屋根が揺れた。 私は慌てて編み針を握った。水の輪はゆっくり広がり、先輩の椅子の脚を取り囲んでいく。 未完成の道は、待ってくれない。 廊下で濡れた足音がした。今度は一つずつではない。何人もが、同じ扉の前で足をそろえていた。 「まあ、食べ物の手触りが残るなら」 言いかけて、やめた。 先輩は笑わなかった。私も笑えなかった。 「怖いです。編み物、まだ下手なのに。これから上手になっても、触って分からなくなるなんて」 言葉にすると、指の震えを隠せなくなった。 先輩が、その手を両手で包んだ。温かかった。失うのはこれではない。それでも、何かを失う怖さは消えない。 私は手を離さず、最後の輪を見た。 その小さな穴の向こうに、まだ朝は来ていなかった。
先輩へのお守りが指の温もりを奪う
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