灯台を出ると、坂道の先にあった夕焼けは消えていた。鞄の中には、編みかけの道がある。 最後の輪を閉じるまで、あの重さに耐える。思い浮かべただけで足が止まった。完成したとき、どれだけの人が私の部屋へ入ってくるのだろう。 宿へは戻れなかった。私は露店へ向かいながら、通話器でセナ先輩を呼び出した。 「どうしたの。お土産の相談?」 いつもの声に、喉が痛くなった。 「少しだけ、話していてください」 露店には灯りがなかった。店主も毛糸も消え、台の上に木箱だけが残っている。縁には、戻す品はこちら、と書かれていた。 一度編んだ糸は返さないこと。 あの言葉を覚えていた。それでも、もう持っていたくなかった。 「私、変なものを買っちゃって」 包みごと箱へ置いた。 肩が軽くなった気がした。その直後、先輩の声が途切れた。 「待って。床が濡れてる」 「床?」 「家の中。台所からじゃないな……私の足元から、水が出てる」 通話器の向こうで、ぴちゃりと鳴った。先輩が息をのみ、それから椅子を引く音がした。 「離れても、ついてくる。これ、海の匂いがするよ」 私は箱へ手を突っ込んだ。紙が湿っている。糸をつかんで胸へ抱き寄せると、手首にずしりと重さが戻った。 「引いてる。水、なくなった」 先輩の声を聞いても、息は戻らなかった。空になった箱の底に、小さな文字が彫られている。 編み始めた道を返せば、贈り先が続きを歩く。 白い包みの、セナという名前を指で隠した。糸はもう、ここにいない先輩と結びついている。 私は灯台の展示も、宿の足跡も、全部話した。声が震えて、何度も言い直した。 先輩は急かさなかった。 「今からそっちへ行く。一人にしないから」 通話の向こうで鍵が鳴った。 安心するはずの音だった。なのに私は、先輩がこれから歩く道を、誰かに教えてしまった気がした。
先輩へのお守りが指の温もりを奪う
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