第八番と呼ばれた者は、すぐには立たなかった。畳の上に置かれた団扇がひとつ、こつんと倒れる。その拍子に、部屋の空気が妙にゆるんだ。ようやく名乗る気になったのか、奥の柱にもたれていた若い男が、頭をかきながら立ち上がる。 「第八番、抜け縁のトキワ。得意なのは、……たぶん、抜けることだ」 場が一瞬だけ止まり、それからあちこちで笑いが起きた。アカネが目を丸くする。 「抜ける、ってのはずいぶん曖昧だねえ」 「曖昧で悪い」トキワは苦笑した。「字を書けば枠からはみ出す。畳の縁はよく踏み外す。人の話はだいたい半歩遅れて理解する。だから、まともそうに見えて、案外まともじゃない」 「それは欠点なのかい」ミナトが面白そうに問う。 「大欠点だ。見栄を張れば、すぐばれる。隠し事も下手だし、結び目もきつく締めると手が痛くなる。だから、役に立つより先に、周りの邪魔をしないことを覚えた」 カズラが低く笑う。「妙に現実的だな」 「妖怪だって、完璧じゃ疲れる」トキワは肩をすくめた。「それに、抜けているから見えるものもある。人は穴を見つけると塞ごうとするけど、塞がれたくない風もあるだろう」 シラベが静かに目を上げた。「つまり、隙間の用心棒ですか」 「そんな立派なもんじゃない。ただの鈍い見張りさ。見落としがちな所に先に気づく。転びそうな奴がいたら、格好よくは受け止められないが、派手に倒れないようにはできる」 トオルが頷いた。「それは縁の外側を支える仕事に近いですね」 「近いけど、きれいじゃない。俺は丁寧さに欠ける。だが、丁寧な者ばかりだと場はかたくなる。少しだらしないのが混じっていた方が、息がしやすいこともある」 その言葉に、ササメがほんの少しだけ笑った。ユイは水面を思わせる目で、トキワを見つめる。アカネは大きく手を叩き、場の何人かもつられて肩を揺らした。 私はそこで、はっとした。第八番は、欠点を隠さなかった。むしろ先に差し出してしまうことで、場の緊張をほどいている。完璧でないと言い切れる者がいるからこそ、他の妖怪たちの整い方も、少しやわらかく見えるのだ。 「隠さないのは、強さだね」私が思わず漏らすと、トキワは少しだけ目を見開いた。 「そう言ってもらえると救われる。俺は、立派に見えないぶん、せめて嘘は少なくしたい」 その返事は不器用なのに、妙に胸に残った。アカネの明るさ、シラベの静けさ、カズラの手つき、ミナトの映し方、トオルの支え方、ユイの曖昧さ、ササメの距離の取り方。その並びの中に、トキワの抜けた輪郭が加わると、逆に全体がしっかりする。欠けた場所があるから、埋めようとする手が生まれ、笑いが生まれ、優しさの置き場所が増えるのだ。 トキワは最後に、ばつが悪そうに頭を下げた。 「そんなわけで、第八番は、少し頼りなくて、少し役に立つ。たぶん、そのくらいがちょうどいい」 座敷には、今まででいちばんあたたかな笑いが広がっていた。
妖怪三十体自己紹介
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