紗良は統合した観測記録を、地上観測機関へ送った。地上とオリオン、それぞれの星図が重なった瞬間の基準点。尾の明滅と核の位置。彗星が月の外側を回り、太陽の向こうへ抜けるまでの道筋。 訂正報はほどなく世界へ届いた。赤い警告表示は消え、混乱していた通信網には、空を見上げた人々の安堵の声が戻ってきた。真壁は観測卓の前で大きく息を吐き、源三の肩を叩いた。 「見事な共同観測でした」 「わし一人では、雲に負けておった。紗良一人では、急ぎすぎておった」 彗星は予測どおり、地球から遠い暗がりを静かに通り過ぎた。その尾が視野の端から消えたとき、源三の手にしていた通信機が淡く光った。 次の瞬間、紗良は無重力の船室で目を開けた。自分の指、自分の声、自分の身体だった。通信画面の向こうでは、源三が天文台の床に座り込み、節の張った手を何度も握ったり開いたりしている。 「戻ったな」 「うん。おかえり、おじいちゃん」 数週間後、帰還した紗良は山の天文台を訪れた。丸屋根の下には、あの夜と同じ古い望遠鏡がある。源三は接眼部を磨きながら、紗良へ椅子を指した。 「結局、何を見るために生きるんじゃろうな」 紗良は少し考え、窓の外の夕空を見た。 「見るために生きるんじゃないのかも。見続けることで、誰かと世界を分かち合うんだと思う」 源三は笑い、望遠鏡の横の端末を開いた。オリオンの遠隔観測網から届く星の光が、古い星図の上へ淡く映る。地上の望遠鏡が捉えた星と、宇宙から届く星が、同じ画面でゆっくり重なった。 紗良は鉛筆を取り、源三は定規を添える。若いころの祖父の記法と、紗良の新しい計算が一本の線になった。 まだ名のない星のそばに、二人は新しい星図の最初の印を記した。
彗星は誰の空にあるか
小説ID: cmu489jrt003e01mzk824qjfo
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観測船オリオンで働く天文学者・紗良は、新発見の彗星を撮影した瞬間、地球にいる引退した祖父の身体と入れ替わる。祖父の古い天文台から見える空と、自分の身体がいる宇宙船のデータを照合すると、観測者によって星図そのものが変わる現象が判明する。軽快なやり取りと宇宙航行の騒動を交え、紗良は彗星衝突の誤報を正し、世代の違う祖父と「何を見るために生きるか」を語り合う。帰還後、二人が共同観測を始める結末にせよ。
