紗良は望遠鏡の接眼部に目を当て、彗星の核を視野の中央へ置いた。源三の手帳にあった印と同じく、青白い尾はこと座の下を斜めに横切っている。 「位置を読んで。赤経と赤緯」 通信の向こうで、源三が船員に教わりながら分光装置の表示を追った。 「赤経は十六時四十二分、赤緯は……待て、数字が細かすぎる。十七度十二分じゃ」 紗良はすぐに記録紙へ書き込み、眉をひそめた。地上の望遠鏡が示す位置とは、月の見かけの幅ほど離れている。時刻の換算を確かめ、望遠鏡の架台を固定し直し、星図の基準星も照合した。それでも、こと座の明るい星は地上の視野では彗星の右にあり、オリオンの映像では左にあった。 「おかしい。船の姿勢制御か、分光装置の補正がずれてる」 「わしのほうでは、地上の望遠鏡が首をひねっておるように見えるぞ」 源三は冗談めかして言ったが、声には硬さがあった。船員たちが装置の診断を始め、船内に短い確認の声が飛び交う。やがて担当者が首を振った。 「機器に異常はありません。基準星も正常です」 紗良は唇を結んだ。二つの正しい観測が、同じ空を指していない。 そのとき、机の端で手帳の頁が夜風にめくれた。紗良は押さえようとして、古い頁に走る見慣れない記号を見つける。五十年前の日付の横に、丸い彗星印が二つ。そして片方には地上の星図、もう片方には、ありえないほど高い場所から見下ろしたような星の並びが描かれていた。 「おじいちゃん、これを見て。昔にも、同じことがあった?」 通信の向こうで源三が息をのむ。 「その夜は、わしが初めて彗星を見失った夜じゃ。空はひとつなのに、記録だけが二つになった」 紗良は頁の余白に残された小さな文字を読んだ。 「見る場所が違えば、星は別の順番で答える」 青白い彗星は、二人の異なる星図のあいだを、何事もなかったように進んでいた。
彗星は誰の空にあるか
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