紗良は手帳のさらに古い頁を、慎重に開いた。紙は何度も書き直されたらしく、同じ夜の星図が薄墨と鉛筆で幾重にも重なっている。こと座の形はどれも少しずつ違い、彗星の尾だけが、頁の中心から外へ逃げるように伸びていた。 余白には、源三の若いころのまっすぐな字が残っていた。 星は見上げる者の問いに寄る。 「問いに寄る……」 紗良は声に出し、昨夜からの記録を机へ並べた。地上の自分は、祖父の手帳を手がかりに尾の明滅を待とうとしていた。オリオンにいる源三は、地球へ近づく危険を確かめようとして彗星を追っていた。同じ時刻、同じ彗星なのに、二人の星図は異なっていた。 「場所だけじゃない。何を知りたくて見るかも、見える星図を変えてるんだ」 通信の向こうで、源三が黙った。 「空が人の心に合わせて嘘をつく、ということか」 「嘘じゃないよ。答え方が違うだけ。おじいちゃんは待つための空を見て、私は計算するための空を見てた」 紗良は重なった星図を透かして見た。線の交わる箇所には、どの図にもない細い弧が現れる。彗星は地球へ落ちる線でも、遠ざかる線でもなく、そのあいだを通る可能性があった。 「二つの問いを同じにしよう。地球を守るために、彗星が本当はどこを通るのか見るの」 源三は小さく息を吸った。 「よし。わしも、ただ危ないものとしては見ん。あれがどこへ行きたいのか、最後まで見届ける」 その直後、オリオンの船内で案内音声が響いた。源三が登録した観測経路は、操船補助の判定で却下されたらしい。安全余裕が不足している、と冷たい声が繰り返す。 「横から見るだけじゃ。彗星に近づけと言うとるわけではない」 「入力された目的が不明確です」 源三は困り果てたように黙り、紗良は手帳の文字を見つめた。 「おじいちゃん、目的欄に書いて。地球を安心させるため、じゃなくて」 「では何と書く」 紗良は、重なり合う星図へ視線を戻した。 「空に、正しい答えを待ってもらうために」
彗星は誰の空にあるか
小説ID: cmu489jrt003e01mzk824qjfo
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